2011年10月2日日曜日

美食家の生活

カフェオレで目を覚まし、洗濯機に洗濯を任せておいて、朝食の支度。 新米を炊く。秋鮭を焼いて、だし巻き卵、どんこ昆布、小松菜と豆腐の味噌汁、御飯。 朝風呂に入ってから、しばらく寝床で読書。 「我が屍を乗り越えよ」(R.スタウト著/佐倉潤吾訳/ハヤカワ・ミステリ 439) 。

レックス・スタウトのネロ・ウルフ・シリーズが日本であまり読まれないのはなぜだろう。 今、新刊書店で入手できるのは「料理長が多すぎる」くらいなのでは。 英米では「探偵」と言えば、ホームズ、ポワロの次くらいに名前が出てもおかしくないようなのに、 日本ではそんなに知られていない。 私の想像では、「美食家探偵」と言われながら、ワインについて一言も蘊蓄を漏らさず、 ビールばかり飲んでいるのが良くないんじゃないだろうか。

ネロ・ウルフはワインに限らず、食の蘊蓄を特に披露しない。 実際、料理の内容が助手アーチーの視点から時折さらっと描写されるだけだ (寝台でとった、ある日の朝食は 「オレンジ・ジュースと、エッグズ・オー・ブール・ノアールと、 ジョージア・ハムの焼いたのを二切れと、狐色にいためた馬鈴薯をきざんだのと、 ホット・ブルーベリー・マフィンと、それにポットに入った湯気の出ているココアだった」)。 ネロ・ウルフは自分の生活を貫き通すだけである。 自宅から一歩も出ず、決まった時間に家の料理人の作った料理を食べ、 決まった時間に蘭を愛で、誰にもその二つの時間を邪魔させない。 好きなだけビールを飲む。そして、食事、蘭、ビールの三つを守るために手荒く金を稼ぐ。 しかし、それらについて何の講釈もしないし、蘊蓄にも縁がない。 一体、誰に何の説明をする必要があろうか。 今思ったのだが、そういう態度自体が日本で人気がない理由かも。

午後は掃除、洗濯、料理の仕込みなど、家事のあれこれ。 高野豆腐を煮て、小松菜を軽く茹で、さらに豚角煮を作った。 夕食は豚角煮、小松菜のひたし、高野豆腐の卵とじ、長葱と豆腐の味噌汁、御飯。