2011年6月26日日曜日

絵に値段をつける

一日、曇り空。湿度は高いが、気温が低くて過しやすい。 そこで、昼寝をしてから東京国立近代美術館にパウル・クレー展を観に行く。 びっくりするほどの混雑だった。ちょっと失敗。平日にすれば良かった。

展覧会で絵を観るときには、 その中でどの絵が一番気に入ったかを考える、という人は多いようだ。 そしてその絵を再度じっくり観る、とか。 私もそうなのだが、私の場合それに加えて、「いくらなら買うか」を考える。 今の自分がいくらまでなら払えるかの上限を、真剣に考えるのだ。 もちろん、あくまで自分のためだけに買い、 転売の可能性や市場の評価などは一切、考慮しないと仮定する。 こういう鑑賞の仕方は、おそらく下品だろう。 少なくとも趣味は良くない。ディナの席でも口にしない方が良さそうだ。 しかし、本当にどれくらいその絵が良いと思っているのか、 計量する良い手段だと思っている。

無論、この金額は相対的なもので、他の人とは比べられない。 だけど、自分だけには正しく計量できる。 例えば、私は院生時代に、 画廊に借金をして金子國義のドローイングを買った (思えば、飛び込み客の学生にツケで売った、 あの画廊は偉かった。人を見る目があったんだね)。 事情があって、数年後に金沢の知り合いに転売したけれど。 それは今の私にとって、 当時の私についての非常に良い定量的評価になっている。 私は昔から、それくらい悪趣味だったのだなあ、と。