2011年7月31日日曜日

オプトイン、オプトアウト

週末用の和風朝食のあと、洗濯などの家事。 朝風呂に入って、湯船で "Everything is Obvious" を読む。 読書、コンピュータ、原稿書き、マカロニサラダ作り。 今日の音楽は "Undercurrent" (B.Evans and J.Hall).

"Everything is Obvious" (D.J. Watts 著/ Crown Business) によれば、 自分の臓器の移植を認める人の割合はドイツでは 12 パーセント、 その隣のオーストリアでは 99.9 パーセントだそうだ。 非常に良く似たこの二つの国の、この巨大な差は何が理由なのか? 実際、ヨーロッパの他の各国もこのような極端な傾向に分かれる、 という調査があって、その「原因」が共通していることが報告されている (E.Johnson and D.Goldstein, 2003)。 その原因は、デフォルトの選択がどちらになっているか、 だけのことらしい。 移植を認める意思を明示しない限り反対であることになる、 つまりデフォルトの選択が「ノー」であるか、 移植に反対の意思を明示しない限り認めたことになる、 つまりデフォルトの選択が「イエス」であるか、だけの違いだそうだ。 ちょっと怖いような、深く考えさせられる話である。 ちゃんと個々人の意思による選択は全く自由に認められている。 ただ、デフォルトの値がどちらになっているかだけなのだ。

私が今関わっているプロジェクトでもこれに似た話を良く聞く。 キーワードは「オプトイン」と「オプトアウト」。 「選択(opt)」としての「参加/拒否(イン/アウト)」 という意味で、最近は専らプライバシィ問題の文脈で使われる。 スマートフォンや携帯電話、携帯端末、コンピュータ、 その上の様々なサーヴィス、ソーシャルネットワーク、ソーシャルゲームなどで、 個人情報の扱いをどうするか、という問題だ。 特にホットなのは個人の行動情報、 あなたが、いつ、どこで(GPS データ)、何をしたか、しているか、何が好きか、嫌いか、 という情報をサーヴィス側が取得し、収集し、分析し、 利用することの法律と倫理の問題である。 結局この問題は、個々人の選択に任せる、 という「手法」でほぼ決着しているようだ。

この手法によって、 あなたが個人情報を渡すか渡さないかの選択は全く自由で、 あなたの意思と判断に任されている。 だから、法律上の問題は生じないし、 倫理的問題すら何ら生じないと考える人もいる。 しかし、デフォルトの値がある。 デフォルトでは自分の私的な情報を渡さないことになっているが、 サーヴィスと交換に情報を渡すことを選択できる「オプトイン」と、 デフォルトでは私的な情報を渡すことになっているが、 情報を渡さないことと交換にサーヴィスを受けない選択ができる「オプトアウト」 である。 どちらが(圧倒的に)主流かは、言うまでもない。

2011年7月30日土曜日

心のダム

注文していたワークステーションが届く。 暑さのせいで心のダムがあふれて買ってしまったのだが、 この演算能力を自宅で何に使うつもりなのか、自分でも不明。 ダムの設計でもするのか、私。 とりあえず 64ビット linux と CUDA 環境をインストールして、試運転。 CPU たちは水冷なのだが、GPGPU などの空冷ファンがぶんぶん回るので、 自宅に置くにはぎりぎりの静音性か。 購入時に一瞬だけ、 マシン内部全体を冷却液に漬けた液浸式に心が動いたのだが、 メンテナンスできないのと、値段が倍くらいだったので諦めた。

流石に何か仕事をさせないと膨大な電気の無駄遣いなので、 他のマシンにさせているネットからのデータ取得を密度 10 倍にして肩代わりさせるべく、 スクリプトを移植するところから始める。

夕食はチキンカレー。トッピングはオクラ。 カレーはちょっとだけ作るわけにいかないので、やむをえず 5 食分ほど。 残りは冷凍。

2011年7月29日金曜日

"Give me 4!"

微かに小雨の降る中、濡れながら出勤。 どうやら西日本の人には、 東京では放射能を含んだ酸性雨が降り、 東京は植民地惑星に移住しなかった無職の負け犬だらけで、 東京人の朝食は道端の屋台で、 「ふたツデじゅーぶんデスヨー」と言われながら食べる、 色の悪い海老を乗せた謎ライスだと思われているようだが、 まだそこまで事態は進行していない。 まあ、時間の問題かも知れないけれども。

夕方退社して、神保町のカフェで一週間の反省。 そのあと、家まで歩いて帰る。 お風呂に入って、湯上がりに巴旦杏を食べながら、 ステイシー・ケントの歌声を聴く。 フレッド・アステアものを集めた CD で。 フレッド・アステアと言えばダンスだが、音楽もいい。 数理ファイナンス業界の人には、 名曲 "I'm putting all my eggs in one basket" などおすすめしたい。

2011年7月28日木曜日

巴旦杏

16 時に退社。 帰宅して、まずお風呂。 湯上がりに、冷やした巴旦杏を食べる。 巴旦杏はバタンキューに似ているね。 バタンキューの「キュー」って何だろう。 猫を踏むと「きゅーっ」と鳴ることと関係があるのだろうか。

そのあと夕餉の支度。 新「オバケのQ太郎」の歌を口遊みながら、伊丹十三流の親子丼を作る。 あのねQ太郎はね、なにもできないけれどきえちゃうんだよ、 オバケなんだオバケなんだオバケなんだけれど、 ズッコケなんだ、あわてんぼなのさ、いつもしっぱいばっかりしてるんだよ。 だけど、かっこいいつもりなんだって、さ。 他に赤だし、焼き柳葉魚、冷奴。

夜はキース・ジャレットの "Melody at Night with You" など聞き流しつつ、 書評の原稿を推敲したり、初等的な不等式と遊んだり。 "My Wild Irish Rose" がいいなあ。

2011年7月27日水曜日

古書街で夕涼み

昼間が蒸し暑いので、 昼休憩の散歩の習慣は止して、夕方に変更した。 とは言え、私は 16 時くらいに退社するので、 その時間はまだ日が高くて暑い。 そこで、神保町の某カフェへ。 フォン・ノイマンの伝記や、 子供向けのニーチェ入門、「ニーチェはこう考えた」(石川輝吉著/ちくまプリマー新書) を読む。 そのあと夕涼みがてら、古書街を散歩。

2011年7月26日火曜日

方便と旦那

土曜日で TV 放送が終了したはずなのに、 そのあと試しにスウィッチを入れてみたら、同じように放送が続いていた。 画面の右上の方に「デジアナ」 という謎のキーワードが表示されているのが唯一の違いで。 TV 放送終了のアナウンスは、 国民を善導するための国家的方便だったのに違いない。 私も、TV は終了したものと思って、観ないことにしよう。

ところで私の中学高校は仏教系だったので、仏教の授業があった (おかげで私は今でも般若心経を暗唱できる)。 そこで「方便」というのは仏教用語だと習った。 いずれ真理に導くために、その途中、途中に仮に設けた嘘の教えのことだそうだ。 例えば、地獄だとか、天国だとか、仏様だとか、輪廻だとか、 そういうのは全て「方便」であって、 真実は色即是空、空即是色の悟りだけなのですよ、と。 今、思えば非常に深い内容を教わっていたようである。 全く関係ないが、「旦那」という言葉はサンスクリット語だ、とも習った。 その意味は「布施(ダーナ)」、あるいは「布施をくれる人(ダーナパティ)」であり、 つまり、哀れなあなたにものをめぐんでくれる人のことである。

2011年7月25日月曜日

バチガルピ

やはり夏。昼休みに新刊書店で 「感謝だ、ジーヴス」(P.G.ウッドハウス著/森村たまき訳/国書刊行会) を買う。 おお、もう次がウッドハウス・コレクションの最終回なのか。 残念だ、永遠に続いて欲しかった。 最終回のタイトルは「ジーヴスとねこさらい」だそうだ。 「ねこ」と平仮名で書くところが、この訳者らしい。 「感謝だ、ジーヴス」も次に心が弱ったときのために、読まずにとっておこう。

帰宅してお風呂に入り、湯船で 「ねじまき少女」(P.バチガルピ著/田中一江・金子浩訳/ハヤカワ文庫) の上巻を読み始める。 ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、キャンベル記念賞と、 主要SF賞を次々受賞した話題作。 バチガルピ、という名前にインパクトがあることは間違いない。 物語の舞台は近未来のバンコクなので、東南アジア系の名前かと思ったら、 イタリア系らしい。 私のクイック調査によれば、 バチガルピ("Bacigalupi")は、 父祖が "Bacigalupo" であると示す派生形か、複数形。 "Bacigalupo" は南イタリアによくある姓だそうだ。 由来については不明で、 "lupo" が「狼」を意味するという点では一致しているものの、 前半の "baciga" の部分には色々な説があるようだ。

2011年7月24日日曜日

天使の帰郷

やはり夏が戻ってきたようだ。 外に出なかったので、それほど実感はしていないけれど。 珈琲のあと、洗濯機をしかけてから、朝食の支度。週末は典型的な和朝食。 洗濯物をベランダに干して、お風呂に入る。 湯船の読書は "Everything is Obvious" (D.J.Watts 著/ Crown Business). 湯上がりにヱビスビールを飲みながら 「天使の帰郷」(C.オコンネル著/務台夏子訳/創元推理文庫) を読む。 春あたりから、自宅ではアルコール類を飲まないことにしているので、 今日はたまの贅沢。そして、もちろん昼寝を二時間ほど。 サマータイム制よりも、シエスタ制を支持。

昼寝のあと午後からは、洗濯ものの取り入れや掃除機がけなどの家事の他、 書評原稿の推敲、趣味の不等式研究、読書など、いつもの通り。

「天使の帰郷」(C.オコンネル著/務台夏子訳/創元推理文庫) 、 読了。 マロリー・サーガの第四作。うーむ、素晴しい。 電柱の上のラヴ・シーンの美しさも泣けるし、 最高に格好良い西部劇のようなクライマクスも抜群。それに、 いつものオコンネル節が今回も冴えている。 つまり、規格外であるがために世の中に受け入れられない天才的な登場人物たち、 彼等の孤独な魂と報われない愛、独自の世界に生きる強靭さと切なさ、 同じように孤独で、ずば抜けて聡明な同種との束の間の交感、 唯一の理解者である死者たち、 といったオコンネル作品の特徴が今回もまた全部そろっている。 古本屋の百円均一棚を周ってこつこつ集めてきたが、 第五作の「魔術師の夜 (上・下)」は即、amazon マーケットプレイスで注文してしまった。 第五作のあと翻訳がストップしているので、 そこからは原書で読まざるを得ない。

2011年7月23日土曜日

サスペンス

今日もまだ比較的、涼しい。 トマトと胡瓜とハムを出来合いの盛岡冷麺に乗せて朝食。 朝風呂に入って、湯船で吉田健一のエッセイを一つ読む。 そのあとは勿論、昼寝。 午後は「天使の帰郷」(C.オコンネル著/務台夏子訳/創元推理文庫) を読んだり。 やはりオコンネルはいいなあ。 どうして最初に翻訳されたときに見逃していたのか分からない。 夕方になって段々と蒸し暑くなってきた。 束の間の秋の風情はもう店仕舞いらしい。 夕食の前後に、某科学雑誌に依頼された書評書き。

さて、もう今日で TV 放送も終了らしいので、 最後に TV 視聴でもしてみるかな、と思って、番組表を見る。 えーっと、そうだな最後に相応しく、 21 時からのこの二時間サスペンス 「西村京太郎トラベルミステリー第 56 弾『生死を分ける転車台』 駅舎と列車が大炎上!?天竜浜名湖鉄道~青いコートの女の罠」 を観てみよう。 第 56 弾って、普通どんなものでも弾数は尽きているはずだが。 それはさておき、森本レオってまだ十津川警部配下のヒラの刑事なのかなあ。 まあ連れ込み宿の居候よりは、出世したと言えるかも知れないが。

2011年7月22日金曜日

恐怖の東京ミッドタウン

今日も涼しい。 朝から東京ミッドタウンへ。お仕事で某ワークショップに参加。 夕方終了。神保町で途中下車して一服。 モルトビネガーをつけてもらったフリッツをつまみながら 「天使の帰郷」(C.オコンネル著/務台夏子訳/創元推理文庫) を読む。 神保町からは徒歩で帰る。帰り道のスーパーで桃を買った。

初めて東京ミッドタウンに行ったときのこと、 正確に言えば、美術館に行くために東京ミッドタウンを通り抜けたときのことである。 私はゴージャスな美容院らしき店の前を通りかかった。 すると、ガラス張りの店の中には、 アンティークと思わしきソファが置いてあって、 そのソファの上とその前のあたりの絨毯には薔薇か蘭かの花弁が散らされており、 一匹の美しいアフガンハウンドがそのソファの上に背筋を伸ばして座って、 順番待ちをしていた。 ペット用の美容院だったのである。 君はどこもカットする必要ないんじゃないの、と思ったとき、 その犬と目があった。 「噂には聞いちょったが東京はほんのこつ、おそろしかところばい、つるかめつるかめ…… 上野はーおいらのこころーの駅だー♪」 と思ったことである。 おそらく、週一回のシャンプー&セットにでも来ていたのだろう。

東京に出てきたばかりの十八の頃、井の頭公園で、 子馬か鹿みたいな犬を大勢連れて散歩する御婦人を見たときと同じ種類の軽い衝撃であった。

2011年7月21日木曜日

観覧車に乗る

朝から涼しい。 もうすぐ TV 放送が終了するらしいので、 朝食をとりながら久しぶりに TV を観てみる。 テレビやマスコミは一体だれのもの、とってもさびしいからとりあえず点けてます、 と口遊みつつスウィッチを切り、家を出る。 楽しくスクリプト書き。

夕方、帰りにいつものように遊園地を通り抜けるとき、 今日は秋のように涼しいし、人もいないし、 観覧車に乗ろうかなと思い、実行する。 そうだ、なぜ、観覧車に一人で乗っちゃいけない。 お客は私だけのようだった。 「初老の男子一名ですが、何か?」 という堂々たる態度で、チケットを買う。 十五分ほどの観覧車の中では、今日昼間に買った 「善悪の彼岸」(ニーチェ著/中山元訳/光文社古典新訳文庫) から第2篇「自由な精神」の冒頭を読んだ。 ……身の回りには、庭園にふさわしい人々を集めたまえ。 あるいはすっかり日の暮れた頃に、一日がすでに記憶となろうとしている夕暮れどきに、 水辺を流れる音楽のような人々を集めたまえ。 善き孤独を、自由で気ままで軽やかな孤独を選びたまえ…… 時間が短過ぎる。観覧車の半径を二倍から三倍くらいにして欲しいものだ。 たまに来る一人の客のために巨大な観覧車を動かし続ける。 何というエネルギィの無駄遣いだろう。 しかし、これが文明だ。巨大な大学図書館の冷房の効いた誰も来ない部屋の片隅で、 読まれるのを待っている 97 年前の論文のようなものだろうか。

それほど遠くない未来に、紙の本に装丁した論文集を納める図書館はなくなり、 全て純粋な情報としてだけ保存されるようになるだろう。 そして、観覧車もただのデータの流れに、つまり、ヴァーチャルなものになる。 今の技術でもヴァーチャルな観覧車は作れるが、コストがかかり過ぎるし、 おそらく私の世代の人間はそれを心からは楽しめない。 しかし、次か、その次の世代以降は、また違うだろう。 その頃には、人間はエネルギィを何に無駄遣いしているだろう。 想像はつかないが、それがその時の文明の高さを示すだろう。 つまり文明の高さとは、観覧車の高さだ。

2011年7月20日水曜日

佳人

昨夜はネットワーク屋の N さんと白金台の四川料理屋で月例の会食。 スーツケース一杯の札束を突き返した顛末などを聞き、 氏や育ちって何なのでしょうねえ、と話しながらしみじみと、 山椒の効いた大正海老の炒めものなどを食す。 一人自営業の N さんは再来月以降、収入のあてがないかも知れないと言うし、 こちらも勤めている会社がどん底からの復活を目指してもがいているところだし、 窓の外の暗闇の中で風に揺れている緑の楓を打ち眺めつつ、 紹興酒を飲んでいると、ますます枯れた風情が漂う。 紹興酒は一種類しかないのだが、流石に上等だった。 やはり、没落というものには格別の味わいがあるようだ。 昔話にだけ聞く栄華を思い浮かべて、嗚呼、 でも大得意で笑ってだけ過していたわけでもあるまいよ、 と、夜の楓など眺めて搾菜を肴に紹興酒を傾けるのが趣きというものだ。

台風と言っても風も吹かず、雨もそれほど降らず、 ただ蒸し暑いだけみたい。朝と夕方だけの印象ですが。 機材の棚卸し書類を書いて提出したあとは、 軽くスクリプト書き。 帰宅してお風呂に入り、湯船で石川淳の短編「佳人」を読む (講談社文芸文庫の「普賢/佳人」に所収)。 夕食は、冷蔵庫の残りものをあれこれのあと、 スパムを使ったカルボナーラなど。

2011年7月19日火曜日

雨の白金台

朝から雨。 雨の遊園地の中を抜けて出勤。 気温はぐっと下がったが、それでも外は蒸し暑い。 テスト用のランダムデータにちょっとリアリティを与えるために、 生成方法をあれこれ考える。

夕方に業務を終了して、神保町のカフェでしばらく読書。 "Everything is Obvious" (D.J.Watts 著/ Crown Business). 夜は白金台のホテルへ移動。 四川料理屋にて、ネットワーク系ハッカー N さんとの会食。 ほぼ月例になりつつある。

2011年7月18日月曜日

もり蕎麦に七味

台風の影響なのか既に曇り空だが、かえって蒸し暑そう。 朝食は珈琲、ジュース、ハムエッグ、トースト、ゴーヤ入りポテトサラダ。 朝風呂のあとに冷やした桃一つ。 午後は昼寝とか読書とか。 夕食はもり蕎麦。 もり蕎麦にも七味があう、という主張を聞いたので、試してみた。 一風変わった感じで悪くない。七味の中の山椒が効いている。 香りの立った良い蕎麦でない限り、これもありだな、と思った。 夜の湯船での読書は、 "Everything is Obvious" (D.J.Watts著 / Crown Business).

2011年7月17日日曜日

毛並

窓から見るに、今日も外は暑そう。 朝食をとってから、朝風呂。 湯船での読書は、「日本に就て」(吉田健一著/ちくま学芸文庫)。 ちくま文庫ではなくて、あえて、ちくま学芸文庫の方で出た、 吉田健一の社会時評エッセイ集。 当時の「知識人」批判は今でも通用するどころか、 状況がずっと悪化しているくらいなので、今こそ読み返すべきだと思う。 「毛並」についてなど、ちょっとテーマの柔らかいものもいい。 毛並の良過ぎる著者本人が、かなり悩んだのだろうなあ。

吉田健一によれば、 「彼は毛並が良いから」という使い方の「毛並」は、 吉田内閣末期あたりに作られた新語だと言う。 本来は馬や犬の栄養が良くて手入れが行き届いている状態を言うのだが、 それが何故か、 人間の育ちではなくて血統の良さを指す言葉になった。 生まれが良い、という定義も各国色々だが、イギリスが最も寛大だ、と著者は書く。 イギリスでは三代続けば良いのだそうだ。 つまりお爺さんが紳士に相応しい程度の財産を作って、 ナイフとフォークの使い方を覚え、その孫の代まで続けば、 孫は関西弁で言うところの「ええしのぼん/いとさん」と見做される。 ヨーロッパ大陸の基準はもっと高くて、紋章が 16 以上に分割されていなければならない。 父方と母方の両方が紋章を持つ身分だと、 その子供の紋章は二つに区切って両親の紋章を組合わせることになっている。 2 の 4 乗が 16 なので、 これが四代続くと五代目が 16 に区切られた紋章を持つことになる (これは最低ライン。 こういう のが最上の部類だろうか)。 一方、日本はどうかと言うと、日本にもかつては名家があった。 しかし、日本では昔から文明的なことに、腹は借り物だったから、 上の定義なら全て落第ということになる……。 こんな調子で、著者は封建制と大名がどういうものであったか、 それが今はどうなったか、を悠々と本物のユーモアを持って書いていく。 この文章はテーマがテーマだということもあるが、 吉田健一でなければ絶対に書けない名文だと思う。

もう夏なのに、いまだに猫の毛が良くとれる。 これだけ大量に集まるのだから、クッションの一つくらい作れるのではないか。 ふと、編み物もいいけど、パッチワークもいいんじゃないか、 やってみようかな、と思った。 しかし、パッチワークをする端切れがない。 私の母は洋裁師、祖母は和裁師だったので、 私が子供の頃の実家にはいくらでも端切れがあったのだが、 今ではそもそも端切れが出る環境がない。 端切れを買って集めているようでは邪道だし、 この「ふと」の思いつきは単なる思いつきで却下。

2011年7月16日土曜日

普通の休日

昨夜観たブレッソンの「ラルジャン」はすごかった。 映画が終わって骨董通りのバーに電話すると、 電話口から「レクイエム」が聞こえる。 店主のR嬢が言うには今、店を開ける準備をしているところだが大丈夫、 とのことだった。 骨董通りまで歩き、 ダックスフンドを隣にはべらせながらモヒートなどで一服してから帰宅。

今日も暑そうだ。外に出ないから、あくまで推測だけれども。 逆に寒い曲がいいかな、と思って、 愛の(元)プロフェッサは「悲しみのスパイ」を口遊みながら朝食の支度。 チキンカレーの朝食のあと、洗濯をして、朝風呂。 湯船で「狙撃」(フリーマントル著/稲葉明雄訳/新潮文庫)を読む。 フォーサイスの名作「ジャッカルの日」を読んだフリーマントルが、 俺ならもっと巧く書いてみせる、と書いたのが「狙撃」だと言われている。 実際、暗殺を実行しようとする側と、それを防ごうとする側の攻防がテーマ。

昼寝のあと、午後は掃除、書籍の整理、料理の仕込みなどの家事。 ゴーヤ入りのポテトサラダ、ゴーヤのおひたしなどを仕込んだ。 いつものように家事の合間に、部屋のドアのガラス面や収納の扉を使って、 "The Cauchy-Schwarz Master Class" (J.M.Steele著/ Cambridge) から練習問題を解く。初等的な不等式の研究は私の趣味。 夕食はソーミンゴーヤチャンプルー(スパム入り)。 ようやくゴーヤを使い切った。

2011年7月15日金曜日

ブレッソン

朝食のメインは、ゴーヤチキンカレー。今日も暑くなりそう。 いつものように遊園地の中を通り抜けながら、 船の次は観覧車に乗ろうかな、と思う。もちろん一人で。

夕方からイメージフォーラムで 「ロベール・ブレッソンの芸術」 より「スリ」(1960)と「ラルジャン」(1983)を続けて観る。 丁度今は、骨董通りのバーが空いていれば大人らしくモヒートで一服しているか、 大人しく帰路の途上かのどちらか。

2011年7月14日木曜日

昼行灯

夕方から、 「ロベール・ブレッソンの芸術」 を観に行こうと思っていたのだが、 関西の大学の方から霞が関参りに来ていると連絡があり、 帰りの新幹線までの時間、東京駅で夕食をご一緒することにする。 約束の時間まで神保町で少し時間をつぶす。 新刊書店で「日本に就て」(吉田健一著/ちくま学芸文庫)、 古本屋の百円均一棚で「狙撃」(フリーマントル著/稲葉明雄訳/新潮文庫) を買う。

私はフリーマントルやル・カレ、グリーンなど、 イギリス人作家の書くエスピオナージが好きだ。 これらには大体、共通点がある。 まず、主人公がしょぼくれた中年で、職場の組織では役立たずのロートル、 昼行灯と思われている。 しかし、実は豊富な経験、果敢な決断力、緻密な頭脳を隠し持っている。 つまり、中村主水だ。 同僚たちには概ね気付かれていないが、 敵国ソヴィエトの組織は彼の力量を正確に理解している。 そして、どの小説でもイギリス側の人物は腐敗していて、無能で、 官僚的で、かっこわるく、逆に敵国ソヴィエト側の人物の方が、 緻密な計画を立て裏の裏まで読んでくるスキーマで、 びしっとしていて、かっこいい。 実際、イギリスでは過去に多くの二重スパイ事件があったが、 こういう印象はエリート層の中で一般的だったのかも知れない。 凡庸で腐敗した組織の中で評価されていない昼行灯が、 実は明晰な頭脳を持つ一匹狼で、 敵国は悪の帝国であるにも関わらず、あるいは、悪の帝国であるからこそ、 彼の力量を正しく評価して恐れ、 彼一人を相手に高度なチェスゲームを仕掛けてくる。

そのあたりが、一貫してしょぼくれた中年サラリーマンである私の心に、 ぐっとくるのであろう。

2011年7月13日水曜日

スーパーコンピュータ

ふと、スーパーコンピュータなるものを見たくなって、 天才プログラマと連れ立って都内某所へ。 開発リーダご本人と面談し、数部屋を占領する御本尊も見学。 まあ、「ふと」の部分は嘘で、実際はかなり前から計画されていたのだが。 もらった仕様書パンフレットを見ると、 どのスペックも日常で口にするのと二つくらい単位が違うので、わくわくする。 メモリは 100 テラバイトあります、とか、 ストレージは 10 ペタバイト以上ありますとかね。

就眠儀式本としての哲学ブームが過ぎて、次は歴史シリーズ。 今は、「プルタルコス英雄伝(上)」(プルタルコス著/村川堅太郎編集/ちくま学芸文庫)。 再読のはずだけれど、ちっとも覚えてない(笑)。 子供の頃から歴史は私の苦手分野で、 自分から読んでみようかなと思い始めたのは、随分と大人になってから。 そんなわけで歴史関係の本はほとんど読んでいないのだが、 今のところ一番面白く感じて影響も受けた史書は、多分、 「アナバシス -- 敵中横断 6000 キロ」(クセノポン著/松平千秋訳/岩波文庫)。 実際、これを読んで以来、人生とは一つの撤退戦である、 をモットーの一つにしている。

2011年7月12日火曜日

船に乗る

ふと、水が見たくなって、夕方、隅田川へ水上バスに乗りに行く。
浅草から日の出桟橋までの往復。 私の父は苦労人で、子供の頃に両親を亡くし、 高校を卒業して最初についた職業は船員だったらしいが (正確には、一番最初は乗船切符のモギリから)、 別に船乗りの息子としての血が騒いだわけではない。 ちなみに私の名付け親は父が乗務していた船の船長さんだと聞いている。 「啓介」と「トシフミ(漢字は知らない)」の二つを提案されたのだが、 後者は近所に同じ読みの名前の子供が既にいたことと、 私の母が、なんとかケイスケという俳優が好みのタイプだったことから、 前者に決定したとか。

閑話休題。浅草を出発した船は、 吾妻橋を最初に次々と橋の下をくぐっていく。 隅田川には桜橋から始まって、勝鬨橋まで 15 の橋がかかっている。 浅草は始めの桜橋と言問橋の川下なので、結局、13 の橋をくぐった。 セーヌにかかる橋たちのように、それぞれ橋の形が違うのが面白い。 確か、これをテーマにした短編ミステリ小説があったなあ (クイズ:さてこのミステリのタイトルと作者は?)。 行きの船上はわりと人が多かったが、 日の出桟橋から浅草への帰りはほとんど人もなく、 なかなか良い雰囲気だった。 時々、隅田川に船に乗りに来るのもいいなあ。 片道 40 分、往復一時間半くらいで、ちょっとした考え事に丁度良い。

2011年7月11日月曜日

代数に過ぎない

ふと、スパムというものを我も食してみむと思い立ち、 スーパーで手にとってその高価さに驚いた。 もっと庶民的な食べ物だと思い込んでいた。 でも、心は既に、夕食はスパム入りのゴーヤチャンプルーと決まっていたので購入。 美味しかったけれど、贅沢品だなあ。 今夜からしばらくスパム三昧。

ふと、 「圏論の勉強してみようかな、全然知らないし」 と思い立って、"Category Theory" (S.Awodey著/Oxford University Press) を湯船で読む。 私は基本的に解析屋なので、代数をよく知らない。 だから今、代数の入門書を読むと新鮮で面白い。 しかし私は基本的に解析屋なので、 巧妙な解析的評価を含まない数学的議論を、 「だってそんなの代数に過ぎないよね」 とけなしたりする。 今でも心のどこかでは、 等式変形なんだから自明だと思っているのである。 (これは私の無知に起因する偏見です。今、私に宛てて長い説教メイルを書こうとしている、 代数学を研究されている方々は思い留まってください。 それはスパム処理されます。) 私も数学を勉強し始めた学生の頃は、 代数って格好良さそうなので、高級な代数の教科書を読んだりした。 すると、最初の章はもちろん、どこまで行っても自明なことしか書いていない。 つまづくところなんてどこにもない。 分からなくて困るのではなくて、あまりに分かり過ぎて、明らか過ぎて困るのである。 段々と集中力がなくなってくる。 そして気付くと、本の丁度中頃に至って、 ガラスでできた迷路の中に放り出されたように、 逆に何も分からなくなっているのである。

一言でまとめると、私は代数学には向いていなかった、ということか……

2011年7月10日日曜日

葡萄と善悪の彼岸


本格的に夏、みたいですね。外に出なかったので推測ですが。 今日も朝カレーと、ラタトゥイユ。 夏野菜や葡萄を下さった方、どうもありがとう。 シャルダンのような日常生活の美を堪能しました。 夕食は、だし巻きになろうとした卵焼き、ポテトサラダ、素麺。 かなり左手が使えるようになってきたけれど、 だし巻き作りはまだ無理だった。

元気がないときは伝記を読む。 そういうときは、詳細で学術的な伝記よりも、講談調のヒーロー伝がいい。 「フォン・ノイマンの生涯」(N.マクレイ著/渡辺正・芦田みどり訳/朝日選書) はぴったり。

ところで、19 世紀末から 20 世紀の科学界の天才たちの話には、 大抵の場合、兵器開発、特に核兵器開発のプロジェクトがからんでくるので、 日本人としては複雑な思いをする。 しかし、 20 世紀は事実として世界戦争の世紀だったのであり、誰にとっても巨大な危機だった。 危機においては、知識とは、科学とは、倫理とは、人間とは、 という問題が鋭く突き付けられる。 そして、思考の限界に近付き、限界を押し広げる人々が現れる。 ポイントは、「限界」とは単に限界であって、善悪の彼岸にあることだ。 私は、「平和が生み出したものは鳩時計だけ」というタイプの議論には与しないが、 危機が個人や人間の限界をよりシャープに照らし出し、 否応なく人をそこに追い詰める、ということはあるのだろうとは思う。 人間には何ができて、何ができないのか、 という限界についての質問は、善悪の彼岸にある。 それは、何をして「よい」のか、何をしては「いけない」のか、 という質問とは違う。 普段は善悪の彼岸にある人間の限界についての質問が、 危機にはぎりぎりの此岸から赤々と近くに見えるのだろう。

2011年7月9日土曜日

ハミング博士の言葉3

今日も明日も暑いらしいが、家から一歩も出ないので問題ない。 朝カレーを試してみる。午前中は、洗濯と、某科学雑誌から依頼された書評書き。 先週末から珍しく活動的だったので、ちょっと疲れているようだ。 舌が腫れている感じ。午後からは、ぼうっとして過す。 夕食はラタトゥイユを乗せて大和芋をかけた、画期的な冷やし蕎麦。

ハミング博士の講演 "You and Your Research" からの引用の三回目。訳文は私が新たに試作したもの。これで最後にします。 引用箇所は、以下のものと、ハミングが恵まれない環境を逆手にとってメタプログラミングのアイデアを得た条りと、どちらにしようか迷った。 結局、前者を選んだので後者についても少し、個人的なコメント。 確かに、「ほんとうに良い仕事」は恵まれない環境で生まれることが多いように観察される。 その意味では、夢のような環境を持つらしい google に就職できなかったからって、 がっかりする必要はない、と若者には言いたい(笑)。 有名シェフが作るランチを毎日無料で食べられるかどうかなんて、 ほんと、どうでもいい。 大事なことは、自分が面白い、エキサイティングだ、重要なことができそうだと思うところ、 または自分が、すごい、とても敵わない、ああなりたい、と思う人々(できれば二人以上) がいるところに行くことだろう。 その他の条件は瑣末なことだと思う。 デコレーションに囚われてはいけない。 私の思うに、ほとんどの人が「リアル」と言う言葉で指しているものは、 実際は、デコレーションに過ぎない。 ほんとうのリアルとは、リアルを切り離す自由そのもの、 それ以外はデコレーションだと私は思う。

先程、大樹が育つようドングリを植える話をしましたね。それが正確にどこなのか、常に分かっているわけではありませんが、何かが起こりそうな場所で活動し続けることはできます。そして、もしあなたが偉大な科学が運の問題だと信じているにしても、雷が落ちそうな山の上に立っていることはできるでしょう。安全な谷に隠れている必要はないのです。しかし、凡庸な科学者はほとんど全ての時間、安全で決まりきった仕事をしています。だから、大したことができないのです。まったく単純なことですよ。もし、偉大な仕事をしたいなら明らかに、重要な問題に取り組まなくてはいけません。そして、アイデアを持っていないと。

ジョン・テューキーや他の人の強い勧めにしたがって、ようやく私はある時から、自分が「偉大な思考の時間」と呼んでいる習慣を取り入れました。以降、金曜の昼にランチに行くときに、偉大な思考についてだけ議論することにしたのです。偉大な思考、という言葉で私が意味しているのは、「このAT&T社全体でコンピュータの役割はどうなっていくか?」、「コンピュータは科学をどのように変えていくか?」といったことです。例えば、私の観察では当時、十のうち九つの実験が実験室で、十のうち一つがコンピュータ上で行われていました。そこで私は当時の部長たちに、この割合は逆転するだろう、と意見を述べました。つまり、十のうち九つの実験がコンピュータ上で、一つが実験室で行われるようになるだろう、と。彼等は私がクレイジーな数学者で、現実感覚を持っていない、と知っていました。私は私で、彼等こそ間違っており、いずれ私が正しいことが証明されるだろうと知っていました。彼等は必要のない実験室を建設しました。私はコンピュータが科学を変えつつあることを知っていました。なぜなら、私は大量の時間をかけて自分自身に問いかけていたからです。「コンピュータが科学に与えるインパクトはどうなっていくか」、そして、「それがベル研をどう変えていくか」。同じ意味で私は、自分が退社するまでにベル研の半分以上の人が計算機と密接に関わりあうようになるだろう、とも注意しました。ええ、今、皆さん全員が端末を持っていますね。私は激しく思考しました。私の分野はどこに行くのか、どこに機会があるのか、何が取り組むべき大事なことなのか。そこに行こう、大事なことができる機会のあるところに。

I spoke earlier about planting acorns so that oaks will grow. You can't always know exactly where to be, but you can keep active in places where something might happen. And even if you believe that great science is a matter of luck, you can stand on a mountain top where lightning strikes; you don't have to hide in the valley where you're safe. But the average scientist does routine safe work almost all the time and so he (or she) doesn't produce much. It's that simple. If you want to do great work, you clearly must work on important problems, and you should have an idea.

Along those lines at some urging from John Tukey and others, I finally adopted what I called ``Great Thoughts Time.'' When I went to lunch Friday noon, I would only discuss great thoughts after that. By great thoughts I mean ones like: ``What will be the role of computers in all of AT&T?'', ``How will computers change science?'' For example, I came up with the observation at that time that nine out of ten experiments were done in the lab and one in ten on the computer. I made a remark to the vice presidents one time, that it would be reversed, i.e. nine out of ten experiments would be done on the computer and one in ten in the lab. They knew I was a crazy mathematician and had no sense of reality. I knew they were wrong and they've been proved wrong while I have been proved right. They built laboratories when they didn't need them. I saw that computers were transforming science because I spent a lot of time asking ``What will be the impact of computers on science and how can I change it?'' I asked myself, ``How is it going to change Bell Labs?'' I remarked one time, in the same address, that more than one-half of the people at Bell Labs will be interacting closely with computing machines before I leave. Well, you all have terminals now. I thought hard about where was my field going, where were the opportunities, and what were the important things to do. Let me go there so there is a chance I can do important things.

2011年7月8日金曜日

ハミング博士の言葉2

R.W.ハミング博士の講演 "You and Your Research" より再び、引用。訳文は私が新たに試作したもの。 私はこの箇所を読んだとき、死にたいくらい自分を恥ずかしく思いました (白ビールが入っていたせいもあると思いますが)。 ちなみに、登場するボーディは当時のベル研でのハミングの上司。 私は全く知らなかったが、Wikipedia 項目 H.W.Bode を見るに傑物だったようだ。 テューキーは統計学、アルゴリズム、計算機科学など広範囲に活躍した数学者。
なお明日も、もう一度だけ、 ハミング博士の講演から引用します。さて、私はどこを引用するでしょう。

私はベル研究所でジョン・テューキーと十年間、一緒でした。テューキーは猛烈な情熱を持っていました。私が入所して三、四年後のある日のことです。私はジョン・テューキーが私より少し年下であることに気付いたのです。ジョンは天才でした。そして私は明らかに天才ではなかった。それで私はボーディのオフィスに駆け込んで、言いました。「私と同じくらいの歳の人間がどうやったら、ジョン・テューキーほどものを知ることができるんです?」。彼は椅子の背にもたれて、頭の後ろに両手をまわし、少し微笑んで、こう言いました。「君がもしもだよ、ハミング君、彼が長年してきたのと同じくらい激しく勉強したら、どれほど多くを知ることか、自分で驚くだろうよ」。私はすごすごと部屋を逃げ出しました!

ボーディが言っていたのは、こういうことです。「知識と生産性は複利のようなものだ」。同程度の能力の二人がいて、片方がもう一方よりも一割多く働けば、その差は二倍以上にも広がるでしょう。もっと知れば、もっと学ぶことができ、もっと学べば、もっとできるようになり、もっとできるようになれば、もっとチャンスが得られる。それはまさに複利のようなものです。その利率がいくつかは言わずとも、非常に高いとは言っておきましょう。正確に同じ能力を持つ二人がいて、片方がもう一方より、毎日なんとかして一時間だけ多く考えることができたら、生涯での生産性は途方もない差になるでしょう。私はボーディが注意してくれたことを肝に銘じました……

I worked for ten years with John Tukey at Bell Labs. He had tremendous drive. One day about three or four years after I joined, I discovered that John Tukey was slightly younger than I was. John was a genius and I clearly was not. Well I went storming into Bode's office and said, ``How can anybody my age know as much as John Tukey does?'' He leaned back in his chair, put his hands behind his head, grinned slightly, and said, ``You would be surprised Hamming, how much you would know if you worked as hard as he did that many years.'' I simply slunk out of the office!

What Bode was saying was this: ``Knowledge and productivity are like compound interest.'' Given two people of approximately the same ability and one person who works ten percent more than the other, the latter will more than twice outproduce the former. The more you know, the more you learn; the more you learn, the more you can do; the more you can do, the more the opportunity - it is very much like compound interest. I don't want to give you a rate, but it is a very high rate. Given two people with exactly the same ability, the one person who manages day in and day out to get in one more hour of thinking will be tremendously more productive over a lifetime. I took Bode's remark to heart;

2011年7月7日木曜日

ハミング博士の言葉

雨が今にも降り出しそうな曇り空。蒸し暑さ最高潮。 こんな気候だと夕食はどうしても、 いただきものの野菜で作ったラタトゥイユと素麺、以上、 という感じになってしまう。

いくつか翻訳があっても、心動かされる言葉があると、 つい自分でも翻訳したいと思っちゃうんだなあ。 以下は、R.W.ハミング博士の講演 "You and Your Research" (「君と君の仕事について」) よりの引用。訳文は私。

皆さん自身に問いかけるために、私も自分自身のこととして話します。あなたには謙虚さを捨てて、自分自身にこう言ってもらいたい。「そうです、私は第一級の仕事がしたいです」、と。私たちの社会は、ほんとうに良い仕事をしようとする人に対して、眉をひそめますね。そういうものではないと思われているからです。つまり、偉大な仕事というものは、幸運があなたの上に降ってきて、たまたま成し遂げられるものだ、と思われている。よくある馬鹿な考え方です。むしろ、私はききたい。なぜ、重要なことをしようとしてはいけないのですか。他の人に告げなくてもよいです。しかしあなたは自分自身には、「そうです、私は重要なことがしたいです」と言うべきではないのですか。

In order to get at you individually, I must talk in the first person. I have to get you to drop modesty and say to yourself, ``Yes, I would like to do first-class work.'' Our society frowns on people who set out to do really good work. You're not supposed to; luck is supposed to descend on you and you do great things by chance. Well, that's a kind of dumb thing to say. I say, why shouldn't you set out to do something significant. You don't have to tell other people, but shouldn't you say to yourself, ``Yes, I would like to do something significant.''

2011年7月6日水曜日

君と君の仕事について

日本はアジアの他の地域より蒸し暑い……

夕方から CEO と面談。 今、CEO は、会社に残ることを決心した本社の社員全員と一対一の面談をしているところ。 二百人以上希望退職したとは言え、三百数十人はいる。 全員と面談するのは大変だろうなあ。社長は大変な仕事だ。

面談で遅くなったので、夕食は近所のベルギービール屋にて。 会社で印刷してきた R.Hamming の講演 "You and Your Research" を読みながら、食事。 日も高い内から呑気に白ビールなど飲んでいる自分の、 無知、無能、駄目人間ぶりを深く恥じ、深く反省した。 (とは言え、こう蒸し暑いと週の中日には、ビールの一杯くらい飲まずにおれない、 弱い私なのだが。) 反省のあまり、日本語に翻訳して公開しようかと思ったが、 既に翻訳が存在しているようだ (lionfan さんによる翻訳、 「前半」と、 「後半」)。 原文はあちこちにある。例えば、 こちら

追記:himazu さんによる翻訳、 「研究にどう取り組むべきか」 の存在を教えていただきました。 こちらには講演の前置きや、Hamming の紹介なども含まれています。

2011年7月5日火曜日

帰路

午前中は現地でミーティング (コンタミ を理由にメンバから外されていなければ)。 今、21時現在、帰りの機上のはず。

2011年7月4日月曜日

ルック・アンド・セイ

機内とホテルでの読書用に、 "On Love" (A.de Botton著/Grove Press) を普段の黒鞄に入れて羽田へ。 "The Art of Travel" の方が相応しかったかも知れないけど。 現地時間の夕刻、現地到着。 夜、ホテルで作戦会議の後、お食事に行って、という感じのはず。

一昨日のパズル「1, 11, 21, 1211, 111221 の次に来る数字は何?」 の答:
「312211」。手前の数字 111221 を「3つの1、2つの2、1つの1」 と見たままに読んだらこの数字。(日本語だとちょっと冴えないけどね。)

「カッコウはコンピュータに卵を産む」(C.ストール著/池央耿訳/草思社) の中で暗号学者ロバート・モリスが出題したことから「モリスの数列」 と呼ばれることもあるが、 オリジナルは娯楽数学の鬼才コンウェイとされているので「コンウェイ数列」、 または、その定義から "Look-and-Say" 数列(「見たまま読む」数列?)と呼ぶのが普通。 数学的な性質は、Wikipedia の "Look-and-Say sequence" 項目をご参照下さい。 プログラミングが出来る方は、 この数列を生成するプログラムを好きな言語で書いてみるのも面白いのでは。 書くだけなら簡単なので、腕に覚えのあるハッカーならば、 どれくらい短く書けるかにチャレンジする、 または、思いがけない書き方をする(正規表現で書くとか)、 などのパスタイム娯楽をお勧めしておきます。

2011年7月3日日曜日

二人だけの特捜部

昨日の数列パズルのヒント:
「このパズルは日本人には少し余計に難しいかも知れません」。

朝から蒸し暑い天気。洗濯をしてから朝食の支度。 薄焼き卵と胡瓜の千切りと豚の冷しゃぶを添えて素麺。 あとは、読書や私的なプロジェクトなど。 「特捜部Q」(J.A.オールスン著/吉田奈保子訳/ハヤカワ・ミステリ 1848)、 読了。閑職に追いやられた切れ者ベテラン刑事が、 謎のシリア人助手を「相棒」に二人だけの特命課、 じゃなくて二人だけの特捜部Qとして活躍するシリーズ第一作。 期待ほどではなかったが、なかなか面白かった。 デンマーク発の大ヒットシリーズだとか。 デンマークってちょっと興味のある国だなあ。

夜は神保町の中華料理屋にて、数学者お二人と会食。

2011年7月2日土曜日

カッコウと数列パズル

「1, 11, 21, 1211, 111221 の次に来る数字は何?」

先月の 26 日に暗号学者のロバート・モリスが亡くなったようだ。
おそらく私の世代は若い頃に、 「カッコウはコンピュータに卵を産む」(C.ストール著/池央耿訳/草思社) を読んで、「ハッカーとかセキュリティとか暗号とかってカッコイイ……」 と思った経験をお持ちの方が多いと思う。 私もそんな勘違いをした若者の一人で、うっかりセキュリティの仕事をしたり、 教科書を書いたりしてしまったものだ。若気の至りで恥ずかしい。

「カッコウ」は、システム管理の仕事にありついた若き天文学者の主人公が、 コンピュータの利用代金が 75 セントだけ合わない、 という謎を調査する内にクラッカーの存在に気付き、 壮大な追跡劇に展開するというドキュメンタリ。 話は横道にそれるが、ストールはこの本でハッカーの英雄になったあと、 むしろコンピュータやインタネットを批判するようになった。 おかげでハッカー業界での評判はあまり良くないようだが、 私自身は、彼は特に偉大な業績がなくとも天才だと思うし、尊敬もしている。 この手のマッドサイエンティスト風の白髪頭になりたいくらい。 技術批判も相当の範囲、当たっていると思う。 興味のある方は、この名講演 「クリフォード・ストールがいろんなことを話します」の日本語訳をどうぞ。 是非、動画も観ていただきたい(日本語字幕もつけられる)。 私が思うに、このベトナム戦争時の条りに感動しない人は、科学には向いてない。

閑話休題して、ようやく本題。 その「カッコウ」の中に、 国家安全保障局のコンピュータの「大教祖」としてロバート・モリスが登場する。 そして、著者にパズルを出す。 「1, 11, 21, 1211, 111221 の次に来る数字は何?」。 その答は「カッコウ」の中に書かれていなかったので、当時かなり話題になった。 このパズルはモリスの発案ではなくて、 実際はイギリスの鬼才、数学者 J.H.コンウェイがオリジナルらしいのだが、 「カッコウ」のおかげで「モリスの数列」と呼ばれたりもする。 ヒントは明日。答は明後日。

夜は、東京に出張中の A 先生と秘書の Y さんのお二人と、 代官山のイタリアンレストランでお食事。 ランチの予定だったのだが、先方のご都合で急遽変更された。 私は昼食をとらない習慣なので、変更されてむしろ都合が良かった。

2011年7月1日金曜日

発熱

今日もまだサーバルームの冷房の故障は直っていなかった……。 計算機がこんなにも熱を放出するということは、 エネルギィの相当部分が本来の目的ではなくて発熱に消費されている、 ということに他ならない。 そしてそれをまたエネルギィを使って冷やしているのだから二重に無駄だ。 計算機の余熱で発電する、とか、計算機を寒冷地帯に置くなどの対処療法はさておき、 CPU そのものの進化にまだまだ先があるに違いない。 今、熱を出すのが目的じゃないのに発熱しているもの全て、 どれにも凄い技術的ブレイクスルーの可能性があるはずだ。

蛍光灯の本数は一昨日から半分になっているが、 今日からは人員が 3 分の 2 以下に減った。 ここからの華麗なターン・アラウンド、 市場ではほとんど期待されていないかも知れないが、 きっとあると信じたいものだ。