2011年7月14日木曜日

昼行灯

夕方から、 「ロベール・ブレッソンの芸術」 を観に行こうと思っていたのだが、 関西の大学の方から霞が関参りに来ていると連絡があり、 帰りの新幹線までの時間、東京駅で夕食をご一緒することにする。 約束の時間まで神保町で少し時間をつぶす。 新刊書店で「日本に就て」(吉田健一著/ちくま学芸文庫)、 古本屋の百円均一棚で「狙撃」(フリーマントル著/稲葉明雄訳/新潮文庫) を買う。

私はフリーマントルやル・カレ、グリーンなど、 イギリス人作家の書くエスピオナージが好きだ。 これらには大体、共通点がある。 まず、主人公がしょぼくれた中年で、職場の組織では役立たずのロートル、 昼行灯と思われている。 しかし、実は豊富な経験、果敢な決断力、緻密な頭脳を隠し持っている。 つまり、中村主水だ。 同僚たちには概ね気付かれていないが、 敵国ソヴィエトの組織は彼の力量を正確に理解している。 そして、どの小説でもイギリス側の人物は腐敗していて、無能で、 官僚的で、かっこわるく、逆に敵国ソヴィエト側の人物の方が、 緻密な計画を立て裏の裏まで読んでくるスキーマで、 びしっとしていて、かっこいい。 実際、イギリスでは過去に多くの二重スパイ事件があったが、 こういう印象はエリート層の中で一般的だったのかも知れない。 凡庸で腐敗した組織の中で評価されていない昼行灯が、 実は明晰な頭脳を持つ一匹狼で、 敵国は悪の帝国であるにも関わらず、あるいは、悪の帝国であるからこそ、 彼の力量を正しく評価して恐れ、 彼一人を相手に高度なチェスゲームを仕掛けてくる。

そのあたりが、一貫してしょぼくれた中年サラリーマンである私の心に、 ぐっとくるのであろう。