2009年6月30日火曜日

フライング

8 時起床。雨のせいか、少しは涼しい。 珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食のあと出勤。 郵便局での用事に思いの他、時間がかかり、 出社したのは 10 時近くになってしまった。 午前、午後とお仕事。昼食は定食屋にて。 18 時過ぎに退社。お湯の中を歩いているような蒸し暑さ。 手を握ると空気から水が絞り取れそうだ。 なんとなく、「冷やし中華」が食べたくなって、 それらしい店に入ってみたが、フライングだった。 つまり「冷やし中華あり升」の季節にはまだ早かった。 がっかりしつつ、レバ韮定食を食べて帰る。 冷やし中華って、普段はそう美味しいものとも思えないのだが、 夏には無性に食べたいときがある。 夏になると冷たい麺類が急に魅力的になって迫ってくる。 そう言えば、冷製のパスタにも劇的に美味しいものがあるよなあ。

季節は、会計期末だ。昨日の続きで経営者のヴィジョンについて。 日本の会社の決算報告を見ると、とてもつまらないことが書いてある。 例えば、「当社のモットーは、にこにこ、はきはき。 今日も明日も、お客様の幸せのためにがんばります」みたいな感じ。 最近、実はこういうのが良いところなんじゃないかなあ、と思ってきた。 エンロンのような目覚しいヴィジョン、ああそんなアイデアがあったか、 それが世界の未来なのか、いや言われてみれば、まさにそれが未来なのだ、 そうでしかありえない、何兆円儲かるやら分からないぞ、 と直感してしまうような、凄い所を指し示してしまうリーダーの指先を見ていると、 思考力を失なってしまう。 しかし、神ならぬ人の身に、未来の何が分かるわけでもないのだ。 最近だと、google と amazon がかなり怪しいと思う。もうしばらくすると、 「我々は通貨やエネルギーのように計算力の市場を作り、 計算力をトレードしてリスクレスに世界の隅々まで安定供給する。 もう世界に我々以外のコンピュータはいらない。 我々が地球上で唯一のコンピュータになるのだ。 今日から『スカイネット』と呼んでくれ」とか (私が今でっちあげたので、真に受けないように)、 目覚しいヴィジョンを言い出しかねない。 それが「にこにこ、はきはき、がんばります」だと、 よしよし頑張って儲けてくれよ、でもちゃんと見張ってるぞ、 取り敢えず流動負債をキャッシュで割り算してみるか、くらいの気になって、 かえって良いんじゃないだろうか。

2009年6月29日月曜日

アグレッシヴ

8 時起床。朝食は純水と一切れのパン。 今朝も朝から蒸し暑いなあ、と思いつつ、出社。 午前、午後とお仕事。 昼食は神保町名物、「キッチン南海」の黒いカツカレー。 近所で「パイドン」(プラトン著/岩田靖夫訳/岩波文庫) を買って、社に戻る。 やはり今日はかなり集中力が低く、 一日ぼうっとしていたような気がする。 若い人にはまだまだ想像もつくまいが、 年をとると週に一日くらい何もせずに寝転がっていないと、 次の週、次の週とまわっていかないのだよ、いや、ほんとに。 18 時過ぎに退社して、スーパーで食材を買って帰宅。 夕食は冷やし饂飩。 食後にドライフルーツ入りのパンとチーズで、白ワインを一杯だけ。 お風呂に入って、湯船で読書。

「青い蜃気楼」(黒木亮/角川文庫)。 小説風に、かのエンロンの破綻を描いたもの。 エンロンの「アグレッシヴ」とか「クリエイティヴ」と言われた会計手法 (つまり、会計操作だったのだが)って、 もっともっと巧妙なものかと思っていたが意外と素朴だったようだ。 要は、子会社を作ってそちらに資産なり負債なりを移して、 本社の帳簿から見えなくする(業界用語では「オフバランス」する)ことと、 証券化することの二つがポイントで、 それがちょっと複雑になっているに過ぎない。 子会社が約束手形を振り出して本社の株を受け取り、 その株を担保にして資金を集め、 その資金でもう一つ会社を作り、 その会社が本社の持株のオプションを売り出して、本社がそれを買う、 とか、その程度のことで、本当に世間がみんな騙されるのだろうか? 思われているよりはずっと素朴な詐欺がまかり通ったのは、 やはりエンロンのヴィジョンがそれなりに素晴しかったからかも知れない。

2009年6月28日日曜日

白玉と鬼 / 黒い白鳥

27日(土曜)。少し寝坊。珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食。 いくつか家事のあと、朝風呂に入って、身支度をし、外出。 駅弁を買って新幹線に乗る。 車内でお弁当を食べながら、 「伊勢物語」(石田穣二訳注/角川ソフィア文庫)と、 「ブラック・スワン (上、下)」(N.N.タレブ著/望月衛訳/ダイヤモンド社) を交互に読む。 「伊勢物語」は、坂口安吾がその中に出てくる物語について評論に書いていて、 ちょっと読みたくなったので。

わずか 1 ページにも満たない、こんな短い話である。
ある男が、とてもわがものにできなかった女に何年間も求婚し続けて、 ついにさらい出し、暗い夜道を二人逃げて行った。 芥河という川のほとりまで来たとき、 草の上の露を見て、女が「あれは何」と男にきいた。 このあたりには鬼が出て、もう夜も更け、雨も降り、雷もひどく鳴る中、 答える間もなく、男は女を連れて荒れ果てた蔵まで来た。 男は女を蔵の中に入れ、自分はその前で武器を持って番をしたのだが、 鬼が早速、一口で女を食べてしまった。 女は悲鳴をあげたのだが、雷の音に男は気付かなかった。 夜が明けて、見ると、連れてきた女の影もない。男は、いたく泣いて、こう詠んだ。 しらたまかなにぞとひとのとひしとき つゆとこたへてけなましものを (白玉ですか、なんですか、とたずねたとき、 露だよ、と答えて、消えてしまったらよかったのに)。

この物語がどうにもすごい、すごすぎる、ということなのだが、 そうこうしているうちに到着。 ホテルの部屋で、お風呂に入ったり、「ブラック・スワン」を読んだり。 夜は市役所近くのビストロにて、 R 大から K 学院大に移られた方と、R 大から D 大に移られた方と、 R 大から A 社に移った私とで、A 堀先生のお誕生月を祝う会。 私は海老と茹で卵のサラダ、牛の胃のパン粉焼きなど。 関西主要私大の内部情報を色々と聞かせていただたく。 ところで A 堀先生はちょっとお疲れなんじゃないだろうか。 さすがの野望と戦略とごり押しと寝技の男にも、蹉跌はあるのかも知れない。 一般論だが、大組織はそうそう自分から変化できるものでない。 本当の変化や改革は、ハゲタカ・ヘッジファンドにまるごと買収でもされない限り、 ありえない気がする。 そのあと、梯子につぐ梯子で、A 堀先生になかなか帰してもらえず、 宿に戻ったのは深夜 2 時。 折角だから挨拶まわりしたいところもあったのだが、 A 堀先生の杯を断るわけにもいかず、やむをえなかった。

28 日(日曜)、9 時半起床。 ルームサーヴィスの朝食。ベーコンエッグ、ポテトとトマト、果物類と、パン類あれこれと、 珈琲とオレンジジュース。 朝食を食べながら、報道 TV ショウを観つつ、日経新聞を見つつ、ビジネスマンの真似。 良くて無意味、悪くて有害な情報ばかりだったが、コスプレ気分は味わえた。 あとは、チェックアウト時間の 14 時まで、のんびり読書。 湯船や寝床で「ブラック・スワン」を最後まで読む。 以前に原書を読んだのだったが、再読の価値があった。 まあ、そこまでガウス分布自体を非難しなくていいとは思うが。 駅のデパート地下でお弁当を見繕って、新幹線で東京に戻る。 車内では「伊勢物語」などを読んだ。

夕方の東京は雨。雨に濡れて帰宅。早速、お風呂に入る。 湯船で「ギリシア哲学者列伝(上)」(ディオゲネス・ラエルティオス著/ 加来彰俊訳/岩波文庫)を読む。 夕食は、一昨日、N さんからもらったパセリを使って、アーリオオーリオ。 ロースハムと胡瓜のサラダなど。白ワインを一杯だけ。

2009年6月26日金曜日

新橋の焼き鳥屋

7 時半起床。今日も蒸し暑くなりそうだ。 珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食のあと、早めに家を出て、 近所の銀行へ。 住民税を全部払ってしまおうとの意気込みだったものの、 判子を持ってくるのを忘れた。 ATM で現金を引き出して下さい、と窓口で言われたのだが、 ATM の前で気付いたことには、一日の引き出し限度額を遥かに越えているではないか。 やむなく一期分、つまり全体の 4 分の 1 の額だけを引き出して窓口で支払う。 いつもの通り、午前、午後とお仕事。 18 時過ぎに退社して、虎ノ門へ向かう。

夜は、おとなしく収奪されるだけの種族、哀れな子羊たち、 つまり哀しきサラリーマンの聖地、 新橋の焼き鳥屋さんで、ネットワーク関係の一名会社 CEO 兼従業員 N さんと会食。 解散選挙についてとか消費税についてとか、 どこかのニュース番組がインタヴュに来ないかなあ、と待ち構えていたのだが、 残念ながらどこの撮影チームも現れなかった。 ニュースキャスタが上手な駄洒落と大衆への全く心ない共感を口に出来るように、 いくつかコメントを考えておいたのに残念だ。 N さんから、饂飩と自作のイタリアンパセリを分けていただき、感謝。 さらに、「プログラミング Gauche」(Kahua プロジェクト著/オライリー) のノベルティグッズらしき、キーホルダーまでもらった。ありがたし。 21 時過ぎにお別れして、22 時近くに帰宅。

明日の夜も会食の予定がありますので、明日は更新をお休みします。 次回の更新は 28 日(日曜)の夜を予定しています。

2009年6月25日木曜日

重箱の隅 / 素麺

8 時起床。今日も蒸し暑い。 珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食のあと出勤。 午前、午後とお仕事。昼食は近所のタイカレー屋さんにて。 重箱の隅にもう一つ小さな重箱があってその隅をつつくような、 微妙なバグを発見。夕方までかかって何とか原因を突き止めた。 こういう特別なときに、こういう特別なことがたまたま起こって、 それがたまたま誰にもとがめられなかったら、というような、ある意味、絶妙なバグで、 もう見なかったことにして放っておきたいくらい。 しかし、見つけた以上はそういうわけにも行かない。明日、対策を考えよう。 18 時半くらいに退社。スーパーで食材を買って帰宅。 夕食は素麺。今年初の素麺。 夏は素麺だ。胡瓜、卵の薄焼き、ロースハムなどをつけあわせる。 食後に白ワインとチーズを少し。

明日の夜は会食の予定ですので、更新はかなり遅くなります。 ちなみに明後日の夜も会食の予定。明日は週末に向けて、ばりばり働こう。

2009年6月24日水曜日

堕落論

8 時起床。雨。珈琲、トーストの朝食のあと出勤。午前、午後とお仕事。 昼食は持参のお弁当。タイ製ゼブラ印の金属製の弁当入れに、特製カレーと御飯。 18 時過ぎに退社。夏至なので外はまだ明るい。 雨もあがって、随分と蒸し暑い。嫌な季節がやってきたなあ…… 私は冬が好きで、一年中冬でもいい。 夏はもとより低い生産性が半分くらいに落ちるし、 それに、秋、冬は魚良し、肉良し、鍋良し、燗酒よし冷酒もまたよし、 美味しいものだらけだが、 夏に美味しいものなんて、そうねえ、、、生ビールと素麺くらい? あ、そうだ、そろそろ素麺とヱビスとギネスを買ってきておこう(うきうき)。 帰宅して夕食は、北京風酢豚(ウー・ウェン先生レシピ)などで赤ワイン。 食後にグラスに残ったワインで、 チーズ(ブリ・ド・モー)と、ドライフルーツ類のパンを少し。 お風呂に入って湯船で坂口安吾の「堕落論」(新潮文庫)を読む。 夜は C.L.ドジソンのパンフレット読みの予定。

2009年6月23日火曜日

Waltz for Debby

8 時起床。今日はかなり蒸し暑くなりそうだ。 珈琲とトーストの朝食のあと出勤。 午前、午後とお仕事。昼食は近所の定食屋にて。 18 時過ぎに退社。外は猛烈な蒸し暑さ。京都みたいだ。 スーパーで食材を買ってから帰宅。 御飯を炊き、音楽を聴きながら気長に玉葱を炒めて、また特製カレーを作る。 曲は珍しくジャズ。 ビル・エヴァンス・トリオの「ワルツ・フォー・デビィ」ライヴ。 癒される。けど、だらんとするわけではなくて、 却って気持ちの引き締まるような、いい音楽だ。 CD プレイヤが引越で壊れてしまったので、PC で聴いているのが残念。 少し疲れているようなので、今夜は特に仕事をせず。 年をとると、気候や天候の変化が自分の調子や気分にけっこう影響を与えるので、 要注意なのです。

2009年6月22日月曜日

超整理法

8 時起床。昨夜かなり寝つけなくて、寝起きも最悪。 月曜日から(月曜日だけに?)、絶不調。珈琲とトーストの朝食。 景気づけに、お気に入りのオレグ・カガン演奏のバッハの無伴奏ヴァイオリンを聴きながら出勤。 午前少しお仕事をして、昼食は持参の日の丸弁当。 午後もまた少しお仕事の続きをしたあと 15 時くらいに退社して、日吉へ。 慶応大学でのセミナに参加のため。 日吉も遠いが、日吉を降りてからの矢上キャンパスも遠い。 ランキング過程とか、"move to front" 規則とか言われる確率モデルのお話。 「超整理法」と言った方がすぐ通じるかも知れない。 つまり、データの列から必要なものを取り出したら、 もとの位置に戻さないで、例えば、常に一番左に戻す。 もっと卑近な例で言えば、机の上に積みっぱなしの書類の山から、 必要なものを探してひっぱり出したら、山のてっぺんに戻す。 言わば怠けもの方式だが、これが結局、 検索のために非常に効率の良い配列に収束する、というもの。 半世紀くらい前から研究されていたらしいし、 CPU のメモリキャッシュやデータ検索の立場など、応用面からも研究の蓄積があるらしい。 理論と応用の両面で大変に面白い講演だった。 帰宅して夕食は、またスパイシィな炒麺。赤ワインを一杯だけ。 食後に珈琲と、胡桃とレーズンのケーキ。

2009年6月21日日曜日

雨の日曜日

9 時起床。昨夜はちょっと遅くまでセネカなど読んで人生を省みていたので、 寝坊してしまった。珈琲とトーストの朝食。朝から雨。 午前中は掃除機がけをして、ボケ防止のために不等式の練習問題を解き、 少し C.L.ドジソンがらみの作業。 昼食はカレー風味の野菜炒麺と、肉骨茶の残りを使った野菜屑のスープ。 あまりに良い感じにスパイシィな炒麺が出来たので、 つい一緒に冷えたギネスを飲んでしまった。 人間とは弱いものだなあ、と思いつつ、 食後、寝台でセネカの書簡集を読んで反省しているうちに、二時間ほど昼寝してしまった。 ひどすぎる。午後は C.L.ドジソンの数学パンフレットの選定と翻訳作業など。 「円の正方形化」の次は確率についてのものを選ぼうと思う。 ドジソンの時代は確率論が 20 世紀の近代化を果たす夜明け前で、 あれこれのパラドクスに苦しみ、その意味で最も暗かった時代である。 そのときにルイス・キャロルが何を考えていたか、ちょっと興味があるのではないかと。

夕食は御飯を炊いて、昨日のカレーの残り。赤ワインを一杯だけ。 食後にワインの残りで、チーズとパンを少し。 夜は「クルーグマン ミクロ経済学」を読んだり、明日からの週の予定を立てたり。 「マクロ経済学」を買ったのを機会に、「ミクロ経済学」の方を再読中。 さて、あっと言う間に、もう 6 月最後の一週間だ。 夜には、ああもう今日も何もしないうちに終わりかと思い、 週末には、ああもう今週も何もしないうちに終わりかと思い、 月末の週には、ああもう今月も何もしないうちに終わりかと思い。

ルイス・キャロルこと C.L.ドジソン(ドッドソン)が、 「円の正方形化」について書こうとしていた著書の概要は、 誰にでも分かるほど簡単で確実な説明で円周率が 3.1417 と 3.1413 の間にあることを証明する、 というものだったようだ。 本質的には、円の外側と内側に線分で構成された図形を書いて、 その囲う面積でもって円の面積を上からと下から評価するもので、 そのためのいくつかの「命題」の草稿が残っている。 おそらくポイントになる評価は、 逆正弦関数(arctan)の値を二つの逆正弦関数の値の和で書き直す公式と思われる。 (例えば、arctan(1/3) = arctan(1/5) + arctan (1/8).) この一般公式が "Educational Times" という月刊誌の「数学的問題と解答」 のコーナーに、ドジソンによって読者への問題として出題されている(1893 年)。 その問題文によれば、ドジソンはこの公式を使って、 円周率が 3.141597 と 3.141583 の間にあることを得た、とのことだ。 この雑誌はそれほど専門的なものではなかったようだが、 「数学的問題と解答」のコーナーには有名数学者たち (E. Beltrami, A. Cayley, J. Hadamard, C. Hermite など)も寄稿していた。 けっこうおおらかな時代だったのだろうか。

2009年6月20日土曜日

野菜カレー

8 時起床。珈琲とトーストの朝食。 今日は梅雨の晴れ間の良い天気で、洗濯日和。 午前中は洗濯、家計簿つけなどの家事のあと、 少しチェスプロブレムを考える。 と言うのも今日が "Problem Paradise" の締切であることに今日気付いたからで、 せめて二手だけでも、と思ったのだが、 やはりプロブレムは心に余裕がないと解けない。毎号解答に脱落。

昼食は、胡瓜と卵それぞれのサンドウィッチと紅茶。 午後は少し昼寝をしてから、読書など。 「アニマルスピリット」(G.A.アカロフ&R.J.シラー著/山形浩生訳/東洋経済新社)、読了。 訳者があとがきに書いている通り、 通常の教科書的マクロ経済学の内容を当然だと思っている人向けに、 そうは言っても人間は不合理なふるまいをするものだからそれも考慮しないとね、 と諭す本なので、普通の人(例えば、私)が読むと、あまりに内容が当たり前過ぎる。 何故こんなことをわざわざ本にしなければならないのか、と思ってしまう。 それに、著者たちも「それはアニマルスピリットのせいなのです」と言うばかりで、 それをどうセオリーに組み込んでいけば良いのか全く説明されておらず、 おそらくプロ側の視点からしても、そんなことは大昔から分かってますが、 どうすれば良いのか分からないので困っているんじゃないですか、 と言うだけのような気もする。 その意味でこの本の正しい読み方は、一種の「問題集(巻末解答なし)」 として読むことかも知れない。

夕食はまたスパイスあれこれを使って夏野菜のカレーライスと、 肉骨茶と野菜くずでとったスープ。 カイエンヌペッパーが倍量入っているおかげでちょっと辛いけど、 野菜だけのカレーなので爽やか。 インド料理系のスパイス類をちょっと買い込んだので、 あれこれ試してみたいお年頃なのです。 夏は何と言っても、スパイス料理と、夏野菜。 ただカレーは、玉葱を炒めるのに時間がかかるのが難点か。 一度に大量に作って、保存しておくといいのかも知れない。 そして夏と言えば、ビール。 冷やしておいた 1 パイントグラスでギネスビール。 食後に珈琲と、オレンジのタルト。 夜は C.L.ドジソンの数学関連パンフレット翻訳をして、 円正方形化についてのパンフレットの初稿を完成、の予定。

2009年6月19日金曜日

控えめな週末の夜

8 時起床。 珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食。 午前、午後とお仕事。昼食はカレーライスのチェーン店にて豚テキカレー。 18 時過ぎに退社。蕎麦屋にて二食天もりと生ビール。 変わり蕎麦は、さらしな生粉打切り。 海老、小茄子、しめじ、穴子の天麩羅。 季節なので、鮎や鱧の天麩羅もあるが、 やはり海老穴子コンビネーションは捨て難い。 今日は予約客や大勢の客が多くて店が忙しそうだったので、 日本酒で長居することは遠慮して帰ることにする。 帰宅すると、丁度、京都からワインとチーズが届いたので、 蕎麦屋の代わりに自宅にて、 ワインを一杯だけとチーズで一週間の反省と来週の展望。 金曜の夜は仕事なし。blog も控えめ。

2009年6月18日木曜日

肉骨茶の素

8 時起床。今日も鬱陶しい曇り空だ。 珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食。 タイ製の金属のお弁当入れに、 卵炒飯と、肉骨茶の豚リブ肉とオクラを詰めて、出勤。 午前、午後とお仕事。 昼食は持参のお弁当。 この金属製の器はおそらく、そのまま焚き火にかけたりして温めるのだと思う。 街路でそんなことをしている人々の姿をベトナムで見たような記憶がある。 いつもの通り、9 時半から18 時まで会社に滞在して、 18 時過ぎに退社。 スーパーで食材などを買って帰宅。 夕食はちょっと凝って、スパイス類を使って、茄子とゴーヤのカレー。 肉骨茶でとれたスープ。赤ワイン(シラー)を一杯。 「肉骨茶の素」は本当に偉大だ。どうして広まらないのだろうか。 これさえあれば、 ラーメンの名店にも負けないような気さえする。 いや、世間の有名店の隠し味は実は「肉骨茶の素」なんじゃないだろうか? 食後に珈琲と、ベリーとルバーブのチーズケーキ。 夜はまた、C.L.ドジソンの翻訳仕事。

2009年6月17日水曜日

個人の選択

8 時起床。昨夜は早く寝たし、夜は涼しかったので、良く眠れたような気がする。 珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食をとり、出勤。 途中で郵便局に立ち寄り、所用を片付ける。 午前、午後とお仕事。 今日の昼食は、週の中日ということでお弁当をサボって外食。 インドカレー屋さんにて、キーマカレー。 ついでに本屋で、「プリンキピアを読む」(和田純夫/講談社ブルーバックス) を買って社に戻る。 18 時過ぎに退社。 夕食は肉骨茶と、ゴーヤや沖縄のピーマンなど緑の野菜炒麺。赤ワインを一杯だけ。 私はシラーが好きなので、しばらく楽しい。 食後に珈琲とチョコレートケーキ。 夜は、不等式の練習問題を解いたり、C.L.ドジソンの翻訳をしたり、 クルーグマンの経済学の教科書を読んだり。

個人の選択には4つの基本原理があることを見てきた。

  • 資源は希少だ。 いつでも選択をすることが必要になる。
  • 何かの本当の費用は、それを手に入れるためにあきらめなくてはならないもののことだ。 すべての費用は機会費用だ。
  • 「どれだけか」は限界での意思決定だ。 通常、問題は「あれかこれか」ではなく、「どれだけか」というかたちで出てくる。その答えは、もう少しやってみることの費用と便益で決まる。
  • 人々は自分の暮らしを良くする機会を見逃さないものだ。 その結果、人々はインセンティブに反応する。

「クルーグマン ミクロ経済学」と「クルーグマン マクロ経済学」より、 第一章「最初の原理」、第一節「個人の選択」

2009年6月16日火曜日

今日はサンドウィッチ

8 時起床。珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食をとり、 昼食用のサンドウィッチを作って出勤。 胡瓜、卵、ベーコンと胡瓜の三種類。 午前、午後とお仕事。 昼食は持参したサンドウィッチと、珈琲。 小雨降る中、18 時過ぎに退社。 帰宅して、夕食の支度。 御飯を炊いて、肉骨茶などと食す。白ワインを一杯だけ。 肉骨茶はあともう一、二回分くらいありそう。 食後に珈琲。 夜は C.L.ドジソン(ドッドソン)の翻訳作業など。

今日の読書。「アニマルスピリット」 (G.A.アカロフ&R.J.シラー著/山形浩生訳/東洋経済新聞社)。 経済学分野の有名人二人による、市場の(つまり人間の)合理性の限界についてのお話。 私はこういう、人間の経済における合理的でないふるまいの研究や、 行動心理学的経済学はもう一つ重要とは思えないのだが、 とりあえず面白いし(これは重要)、 そして優れた著者たちによるものなので、一応読んでおくかと。 訳者もあとがきに書いているが、 今の世界の、あるいは日本の、問題は、 人々が標準的かつ教科書的なマクロ経済学の限界を考慮していないことではなくて、 むしろ人々が入門書レヴェルのマクロ経済学さえ理解していない (または、理解していないふりをしている)ことだと私は思う。 その意味では、私もこの本を読む暇があったら、 ケインズの「雇用・利子および貨幣の一般理論」でも読んだ方がいいのだが…… (持ってはいるんですけど)。

2009年6月15日月曜日

日の丸弁当

8 時起床。土日で生活リズムを少し崩したので辛い。 珈琲とトーストの朝食をとってから、 タッパウェアに御飯を詰めお弁当を作る。 御飯の間にちりめん山椒をはさみ、上に梅干しだけの日の丸弁当。 流石に本当に日の丸だけだと寂し過ぎるので、もみ海苔してみた。清貧。 午前、午後とお仕事。昼食は持参の日の丸弁当。 これでビジネスデーの昼食分を毎日 500 円くらいずつ節約すれば、 わずか 7 年間ほどで京都に払う今年分の住民税分が浮く。がんばろう。 そんなスクルージ的なことを思いつつ、清らかに慎しい昼食をデバッガの前で済ませる。 しかし、そのすぐあとに近所の本屋で、P.クルーグマン&R.ウェルスの 「クルーグマン マクロ経済学」を買ってしまい、 10 日先までの節約分(予定)がなくなってしまった。 この調子では 70 年かかっても、京都市と京都府に税金を払えない。 嗚呼、苛税は虎よりも猛し。しかし、人はパンのみにて生きるに非ず。 不穏な時代のサラリーマンは、 僕が僕であるために勝ち続けなきゃあならなぁい♪、んだ……。

18 時過ぎに退社。スーパーで食材を買って帰る。 帰り道も随分と蒸し暑かったが、帰宅したとたんに土砂降りの雨。 ぎりぎりセーフ。助かった。 夕食には、肉骨茶(バクテー)を作った。 ついでに、明日のお弁当用のサンドウィッチの具も用意しておく。 肉骨茶で赤ワインを一杯だけ。 シラーがバクテーの風味に丁度良い感じ。食後に珈琲と、 胡桃とレーズンのスポンジケーキ。 珈琲豆は今日買ってきたばかりなので、良い香りだ。 夜は、不等式の問題を解いたり、C.L.ドジソンの翻訳をしたりの予定。

2009年6月14日日曜日

円の正方形化とルイス・キャロル

また寝坊。起床は 10 時近く。珈琲だけの朝食。 雑用をしている内に昼になり、卵炒飯を作って昼食にする。 一緒に白ワインを一杯だけ。 午後は読書や、キャロルの翻訳の下読みなど。 夕方頃から急に空が暗くなってきた。 窓を開けると、かなりの蒸し暑さ。夕立になりそうだ。 夕食はまた御飯を炊いて、味噌汁と常備菜の清貧の食卓。 食後に煎茶を一杯。 夜はルイス・キャロルこと、C.L.ドジソン(ドッドソン)のパンフレットの翻訳を始める。 最初のターゲットは、"Simple Facts About Circle-Squaring" という文書に決めた。 ドジソンも当時のけっこう有名な数学者として、 世の数学マニアたちからの「円の正方形化(円積問題)」 に成功したと主張する手紙に困り果てていたらしく、 この問題についての本を書こうとしていた(しかし、完成しなかった)。 この文書はそのために用意された文章の一つで、 第1章「はじめに」になる予定だったもの。

円の正方形化とは、古代ギリシア時代から知られている幾何学の問題で、 コンパスと(目盛のない)定規だけを使って、与えられた円と同じ面積を持つ正方形を作図せよ、 というもの。 現代的に言えば、これは円周率をある種の代数方程式の解として導けという問題だが、 円周率は超越数なので、不可能である。 この不可能性は 1882 年にリンデマンによって証明された。興味深いことに、 ドジソンがこの文書を書いたのがまさにその、1882 年である。 彼がリンデマンの結果を知っていたのかどうか、ちょっと気になる。 おそらく知っていただろうと思うが、この文書の中に具体的な記述はない。 と言うのも、この文書自体は、 初歩的な誤りに満ちた手紙を沢山受け取ることに困ったドジソンが、 一種のお説教として書いたものなので、そこまで高度な話の出番がない。 まずは、ウォータールーの戦いが別の日に起きたと主張する人を例に挙げて、 円周率が 4 より大きいとか 2 より小さいというような主張は、 まともな人には絶対相手にされないんだよ、ということが、 丁寧に説明されている。そして、 円に外接、内接する多角形をどんどん近くとると、 円の面積をいくらでも良い精度で近似できるので、有理数ではありえない、 ということが、良く読むと、ほのめかされている(論理的には不十分だが)。 これでドジソンを困らせていた変人たちを却下するに十分だったろうが、 もちろん、 これだけで円積問題が不可能であることにはならない。 リンデマンの結果をその時点で知っていたかはやはり謎である。

「円の正方形化」の仲間に、与えられた角をコンパスと定規だけで三等分せよ、 という「角の三等分問題」があって、おそらくこちらの方が有名だろう。 これも不可能であることが証明されている(1837年、ワンツェル)。 しかし、今でも三等分問題を解決したという手紙(email)が、 有名な数学者のところには届き続けているらしい。「円積問題」もそうかも知れない。 そういう困った人々を指す「三等分家("Trisectors")」という名前もある。 円の正方形化の方は、「円正方形化人(?) ("Circle-Squarers")」 と言うらしい。 私も過去に何度か、アマチュア数学者から「新発見」の手紙やメイルを受け取ったことがあるが、 残念ながら(?)、すべて、価値はなくても正しく立派なものだった。 (例えば、微分や積分を表す独自の記号を用いて、その記号の満たす「公式」集を送ってきた人など。 これは、演算子法の初歩的な部分を独自に導いたに過ぎず、 残念ながら時間の無駄だが、立派なものだと言えよう)。 おそらく、数学的に不可能であることが証明されている問題にチャレンジするほど気合の入った人は、 また一段、レヴェルが高いというか、ステージが進んでいるので、 もっと有名な数学者か、あるいは日本数学会とか、国際数学者会議にメイルを書くのだろう。

2009年6月13日土曜日

お弁当計画

昨夜は遅かったので、起床は 10 時近く。 午前中は洗濯、掃除機がけなどの家事と、ファイナンス仕事。 サラリーマンは毎月税金を天引きされることに慣れているので、 (引越のせいで)一年分まとめて請求が来ると、その大きさに驚く。 朝三暮四みたいなものか。 昼食はしめじとベーコンのアーリオオーリオ。白ワインを一杯だけ。 ルイ・ジャドの 150 周年記念のシャルドネ。 午後は少し昼寝をしてから、読書など。

「世界はカーブ化している」(D.スミック著/田村源二訳/徳間書店)。 題名のわりに、そして著者の自慢話がやや鼻につくものの、面白かった。とは言え、 私自身が最初から、金融も貿易も可能な限り自由化、透明化、国際化すべきだと思っているし、 もしニュースショーのアナウンサあたりに扇動されて保護化や規制強化の方向に流れたら、 良くて貧困の拡大、悪くて世界的大惨事になるだろう、 とさえ思っているので、同じ主張を持つ本が読み易く心地良い、 という点は割引く必要がある。 もちろん、この主張については正しいかどうか、少なくとも私には、分からない。 一方で、世間は閉鎖、保護、規制の方向に向かっているように見える。 人間は、なぜあんなやつがうまいことやっているのか、という嫉妬には耐えられなくても、 皆で(正確には、自分の見える範囲の皆で、だが)貧しく窮屈になることには意外と、 耐えられるのかも知れない。 もちろん、その貧しさ、というものを TV で観る「DASH 村」 のような素敵で懐しいものだと勘違いしている節はあるが。

夕食は御飯を炊いて、清く、貧しく、美しい食卓。 住民税にショックを受けたからと言うわけでもないが、 ビジネスデイの昼を日の丸弁当とかにしようかな……、 と真剣に悩みながら、ぽりぽりと小鮎の飴炊きを食す。 収納を見ると、弁当箱というと素敵な奥さんが旦那さんに持たせそうなものしかない。 あとは重箱もあるけど……、やはりこれかな、とタッパウェアを選び出す。 白飯と梅干しと煮干し、くらいの清貧の弁当に似合いそうだ。 食後に白ワインを少しと、バウムクーヘンの最後の残り(まだあった)。 夜は、ルイス・キャロルの翻訳作業のため下読みなど。

2009年6月12日金曜日

バーにて

8 時起床。今日は良い天気だ。 いつもの朝食のあと出勤、 SBUX でカプチーノをテイクアウトして出社。 午前、午後とお仕事。 昼食は神保町名物、「キッチン南海」の黒いカツカレー。 退社後、いつもなら蕎麦屋で一週間の反省をしながら夕食と一杯、 というところだがふと思いついて、青山のバーに行くことにする。 以前は渋谷にあった院生時代から馴染みのバーで、 京都に来てからも東京に用があるときは必ず顔を出していたくらい。 でも、東京に引っ越してからは、青山方面はなかなか行き難く、 数ヶ月ご無沙汰してしまっていた。 開店時間が遅いので、渋谷で少し時間をつぶしてから、 骨董通りまで歩いて行く。 女主人に「お帰りなさいませ!カムバック、トゥー、トーキョー!」 と言われながら、赤ワインを一杯と、マール・ド・ブルゴーニュを一杯。 お客さんの差し入れで、何故かロールケーキと、チーズまでご馳走になる。 週末だからか、今日はけっこう盛況。 23 時くらいに失礼する。

2009年6月11日木曜日

ボーナス

また少し寝坊。珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食のあと出勤。 午前、午後とお仕事。 18 時丁度に退社して、東京駅に向かう。 サピアタワーに入っている R 大東京キャンパスにて、 数理ファイナンスのセミナ。 某M菱信託系の研究所の方が、 マーケットインパクトのあるモデルでの最適執行問題について話されていた。 マーケットインパクトとは、自分が株を売ったり買ったりすること自体が市場に影響を与えてしまう効果のことを言う。 機関投資家だと大量の証券を売り買いするので、 そのこと自体が流動性に影響を与えざるを得ず、 この効果を考慮しないわけにはいかないが、 まだまだ満足のいくモデルはない。

その講演の前に今回のセミナの世話役の M 君が、 夏のボーナスの明細を持って自慢に来た。 えー、働き出してそんなに経ってないのに、もらい過ぎなんじゃないのー、 と思ったら、その額面は円建てだった。 てっきり、米ドル建てかと。 大学院でマリアヴァン解析とか研究してファンドマネージャになったら、 ものすごいリッチなんだろうなあ、という私の素朴な夢はあっさりと消え去った。 まあ、私自身にはボーナスがないので、うらやましいことには変わりないが。

丁度、昨日まで東京で研究会があったらしく、 A 堀先生が院生たちを連れてセミナに参加していたこともあり、 東京で働いている元学生、院生たちもけっこう来ていて、賑やかだった。 セミナのあとは、みんなで近所の居酒屋に飲みに行き、 23 時くらいに解散。 帰宅したら、京都市から住民税の通知書が来ていた。 一度に請求されると愕然とするような額だ。 見た瞬間、本当に床に膝をついてしまった。 どうやって払ったものだろうか。

2009年6月10日水曜日

シャルドネとシラー

涼しくて良く眠れるせいだろうか、少し寝坊。 珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食をとり、出勤。 今日は曇り空。そろそろ東京も梅雨らしい。 午前、午後とお仕事。 昼食はタイカレー屋さんにて(またカレー)。 18 時半くらいに退社。 夕食は、しめじとベーコンのアーリオオーリオ。 赤ワインを一杯だけ。食後にオレンジのタルト。

丁度これでワインが切れたところに、ワイン二本が届いた。 アドバイザの今月のおすすめは、 ルイ・ジャドの 150 周年記念のブルゴーニュ・シャルドネ(2007)、 アボット・ブラザーズのシラー・ヴィエイユ・ヴィーニュ(2007)だった。 常にかなりの低予算を提示して、お任せで選んでもらっている。 きっと選ぶのが大変だろうと思うが、いつも私の好みにあわせて、 かつ、大変にお買い得なものが送られてくる。 親しい酒屋は人生にあらまほしけれ。

明日の夜は数理ファイナンス分野のセミナに参加する予定なので、 更新が遅くなります。

2009年6月9日火曜日

白っぽい本

8 時過ぎに起床。珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食のあと出勤。 午前、午後といつものお仕事。 昼食は初めて入ったインド料理屋さんでチキンカレー。 悪くはなかったが、キーマカレーが看板メニュらしい。次はキーマにしよう。 水道橋、神保町、お茶の水あたりはカレー屋さんが多い。 そもそもカレー屋でもない店すら昼はカレーを出すので、 おそらく一ヶ月くらいは毎日違う店でカレーを食べることも不可能でない。 そんなことを思いつつ、カレー特集の「dancyu」を立ち読みしていたら、 京都の某シャンパンカレー屋が紹介されていた。 京都から引っ越す少し前に「カレーライスにシャンパーニュを出す店ができた」 と噂には聞いていたのだが、「いくらなんでも(失笑)」 と思って、一度も行かなかった。少し心残りだ。 新刊書店で「世界はカーブ化している グローバル金融はなぜ破綻したか」 (D.スミック著/田村源二訳/徳間書店)を買って、社に戻る。

今日一杯かけてやろうと思っていたことが午後すぐに出来てしまったので、 あとは比較的のんびり。こういうときに、仕事を先に進めればいいのだが、 スケジュールはけして前倒しにならないものだ。 予定より進んだときは休み、遅れたときは……、単に遅れる。 定時少し過ぎくらいに退社。 夕食は昨日の残りのづけ丼と、卵としめじの御澄まし。 さすがに酢飯が固くなっているのは残念だが、まぐれ当たりの美味しさは健在。 赤ワインを一杯だけ。食後に珈琲と、ブルーベリーのタルト。 夜は「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」 (J.マーチャント著/木村博江訳/文藝春秋)の残りを読み終え、 「世界はカーブ化している」を読む。 するべきことがあると、つい、「白っぽい」本の読書に逃避してしまうなあ。

2009年6月8日月曜日

づけ

8 時過ぎに起床。昨日は昼寝をし過ぎたせいで遅くまで眠れず、 少し寝不足。 珈琲とトーストの朝食のあと出勤。 午前、午後とお仕事。 昼食は近所の居酒屋にて石川風カツカレー。 ついでに新刊書店で「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」 (J.マーチャント著/木村博江訳/文藝春秋)を買って帰る。 トンデモなオーパーツなんじゃないの、と敬遠していたのだが、 書店で手にとってみたら面白そうなので買ってしまった。 原題は "Decoding the Heavens" という素敵なものなのに、 こんな「ムー」系な邦題で残念だ。 いつものように定時の 18 時退社。 スーパーで食材など買い物をして帰る。

帰宅して、洗濯をしながら、夕餉の支度。 鮪のヅケ丼風のものを作った。 珍しく、今日の酢飯は完璧だ。 その間に、生醤油と、刺身醤油少し、味醂、胡麻油、余った赤ワイン、 とまったく適当に混ぜたものに、鮪のぶつ切りを漬けておく。 卵の御澄ましも作る。赤ワインを一杯だけ。 ヅケ丼は、「なんと!」と一人つぶやいてしまうほど美味しかった。 あまりに適当に作ったので、分量など全く覚えていない。 二食分作ってあるので明日もう一度食べられるが、 やはり酢飯は固くなっているだろうし、ヅケの深さも違うだろう。 時々ホームランなのだが再現できない、 これが素人料理の醍醐味である(笑)。 食後に珈琲と、チョコレートケーキ。

2009年6月7日日曜日

五十歩百歩

「すべて僕に任せてください」(今野浩/新潮社)を読んで思ったのだが、 もし自分がせいぜい 50 歳までしか生きられない、 と知っていたら、どんなにか充実した人生が送れ、 どんなにか素晴しいことが成し遂げられるだろうか。 しかし一方では、それは、 「もし自分がせいぜい 100 歳までしか生きられないとしたら……」 と、どこが違うのか? 自分で擬似的に、本当の死よりも先に人生を「死ぬ」という手はある。 誰でも思いつく方法だが、あまり有効でないようだ。 自分がせいぜい 50 歳まで生きられない、と知っていた人と、 一体どこがどのように違うのだろうか?

9 時起床。昼食まで書類の整理などの家事。昼食は卵炒飯。 午後は小一時間だけ昼寝……、と思ったら二時間も寝てしまった。 相変わらず、いつでも、いくらでも眠れる。夕餉の支度まで、 ルイス・キャロルこと C.L.ドジソン(ドッドソン)のパンフレット集に目を通し、 どれを取り上げるかを考える。 数学と政治(選挙投票問題が主)それぞれの分野から二三篇ずつ、と注文されているのだが、 数学関連のパンフレットが 400 ページ、政治関連が 250 ページほどある。 キャロルがこんなに沢山の文章を書いていたとは知らなかった。 夕食は「絶望」という名のパスタ、 つまりアーリオオーリオ・ペペロンチーノを作り、およそ二日ぶりにアルコールを摂取。 と言っても、白ワイン一杯だけだけど。 お風呂に入って湯船で、 セネカの「怒りについて 他二篇」(兼利琢也訳/岩波文庫) から「賢者の恒心について」を読む。

2009年6月6日土曜日

すべて僕に任せてください

8 時起床。珈琲とトーストの朝食。 家計簿をつけたり、掃除機がけをしたりの雑用のあと、読書をしたり、 不等式関係の練習問題を解いたり。 昼食は豚肉と野菜の炒麺。昼風呂に入って、そのあと昼寝。 今週は身体がかなり疲れているな、と感じていたので、 今日は休み放題。ついでに、普段は週に一日のところ、 今日、明日と二日間、アルコールを抜くことにした。 二時間近くも寝てしまった。夕食まで読書など。

今日の読書。「すべて僕に任せてください」(今野浩/新潮社)。
数理ファイナンスの研究拠点の一つ、 東京工業大学の理財工学センターを著者と共に作った某「天才助教授」の半生を元同僚が書いたもの。 私もちょこっとだけ数理ファイナンスの業界に爪先を突っ込んでいた(多分、過去形)ので、 生々しくてなかなか面白かった。 「きらめく才能はこうして削り取られていく」という帯の文句が痛々しい。 こういう大学理工系教員の激務は激しく偏在しているので、 実際、週に数時間くらいしか仕事をしない人もいれば(しかも年に30週だけ)、 一方では、講義にゼミに会議に学内行政に学会や研究会の世話役に実験に研究に、 あれにこれにあれにこれに、 と、いつ過労死しても不思議ないような人もいる。 この本によれば、大体一年 3500 時間以上働くあたりからが、 大学人としては「忙しい」とされるようだ(でも、給料はほぼ同じ)。 この物語の主人公が最後に倒れた 2002 年の 3 月上旬は、 R 大学の数理ファイナンス国際シンポジウム開催中で、 「白川倒れる」のニュースが飛び込んできたのを覚えている。 多くの人に衝撃を与えていたようで、 実際、シンポジウムを切り上げて東京に帰った参加者もいた。 そしてその月の間に、亡くなったのである。死因は全身に転移した癌だったらしい。 このセンターの看板としてIBMから引き抜かれた N 宮先生 (この本にも実名でちょっとだけ顔を出す)とか、 私の元同僚の A 堀先生とかも、身体には重々気をつけていただきたいものだ。 私の大学教員生活は非常に暇な上に楽しいことばかりだったが、 この二人はまさに VIP なので、いつも大変そうで、 大学と離れた私は時折遠い空からご心配申しあげている。 やっぱり A 堀先生のお誕生会、京都まで出張して参加すべきかも?

夕食は御飯を炊いて小鮎飴炊き、しらす、梅干しなどと味噌汁で、清く貧しく美しく済ませる。 夜は、ルイス・キャロルこと C.L.ドジソン (ドッドソン、のような発音が正しいらしい)のパンフレット読み、 をしようかな、と思ったが、過労で倒れないように明日にまわすことにした。

2009年6月5日金曜日

のどぐろ

8 時起床。珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食。 定時の 9 時半くらいに出社。 転職して二ヶ月くらいになるが、 意外にも 9 時半出社、18 時退社の定時通りの勤務がリズムとして定着した模様。 多分、せいぜい地下鉄一駅分という近所に住んでいることが効いていると思う。 午前、午後とお仕事。 昼食はカレーライスのチェーン店にて。 昼休憩に本屋で、 セネカの「怒りについて 他二篇」(兼利琢也訳/岩波文庫)と、 レッドドラゴン本の新訳「コンパイラ 原理・技法・ツール」 (A.V.エイホ、R.セシィ、J.D.ウルマン、M.S.ラム著/ 原田賢一訳/サイエンス社)を買って帰る。 今日は少し早めに退社。 築地市場へ向かう。

ネットワークハッカーの N さんと待ち合わせて、 築地の鮨屋にて会食。 N さんはしばらく前に独立されて (本人は、否応なくリストラされたのだ、と主張しているが)、 今は自営でネットワークの低層レイヤの仕事をされている。 少しおつくりをもらってから、お鮨あれこれ。 鯵、鬼虎魚、穴子、鳥貝など旬を堪能したが、 間に出してもらった、のどぐろの焼き物が絶品だった。 旬であろうがなかろうが、美味しい魚は美味しい。 N さんは三日毎にウィスキーを一本ずつ空ける人なので、 まだまだ飲み足りなかっただろうが、 私はもう一杯一杯なので帰らせていただく。 22 時くらいに帰宅。

2009年6月4日木曜日

ロジカル・シンキング

8 時起床。珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食。 今日も曇り空。定時くらいに出社して、午前、午後とお仕事。 今日は随分と頭を使ったせいか、夕方には疲労困憊。 夕食は、豚肉のゴーヤチャンプルーと、野菜炒麺、 赤ワインを一杯だけ。 食後に珈琲と、バウムクーヘンを 30 度くらい。

人間は(私は?)論理的に考えることに向いてないんじゃないだろうか。 こうならばこうなって、このときはこうで、しかしこのときはこうで、 でもこの場合だけはこうだったのはそのときはああなるからで、 しかし覚えておかなくてはいけない例外があって、 それはこのときにあれがああであるか、またはそれがそうであるときには……、 くらいで、もう分からなくなってくるのだが、 プログラムで書くと 5 行くらいなのだ。 そんな複雑なプログラムを書くこと自体が筋悪だとされているが、 実際複雑なものはしようがない。 しかし複雑だと言っても、「もし〜ならば、〜である」が三段くらいの深さで、 各段に「または」、「かつ」、「〜ではない」が混じりながら、 ループが二つほど入っている程度に過ぎない。 人間の(私の?)頭の悪さに絶望感を覚える。

明日の夜は会食の予定がありますので、 更新はかなり遅くなるか、またはお休みします。

2009年6月3日水曜日

アローの定理のあとに

8 時起床。珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食。 今日は曇り空だが、少し蒸し暑い感じ。 午前、午後とお仕事。 昼食は近所のタイカレー屋さんにて。 18 時半くらいに退社。 今日もたくさんと学ぶことがあった。ソフトウェア開発って難しいなあ。 そこが面白いのだけれど。 帰宅して、洗濯を洗濯機にまかせながら、夕餉の支度。 長葱とじゃこ山椒と卵の炒飯、ゴーヤの酢醤油おひたし、あっさりめの豚汁。 白ワインを一杯だけ。 食後に珈琲と、バウムクーヘンを 30 度ほど食べながら、 不等式関係の練習問題を解いたり。

選挙問題の難しさは、 「アローの不可能性定理」 (リンク先は Wikipedia) というもので一般的な形に表現されている、と、ある方から教えていただいた。 かなり一般的な条件の下で、どうやってみても公平な社会的選考は存在しない、 というネガティヴな主張の定理である。 厳密な数学的主張は良く分からないのだが、 やはり問題は「公平」とか「民主主義的」という概念をどういうルールだと考えるか、 「公平さ」をある程度曲げざるを得ないとき (「アローの定理」下では常にそうだ、ということになるが)、 そのコストをどう比較するかというところにありそうだ。

例えば、再び公募人事を挙げれば、 一人をのぞく全員がまあこの人でいいんじゃないの、と思っているのに、 一人だけはそれを大変不愉快に思っている、ということは結構ありそうだ。 その一人だけが我慢するのがいいのか、 あるいは全員が少々の不満を感じつつも、特に不愉快な人はいない、という人事がいいのか。 大体、その定義からしても、「強い」意見を持っている人はあまりいない。 これでいいんじゃないの、程度の見解しか持たない人が多勢である。 そういう多勢の人は自分の意見が通らなくても、 そんなには気にならない。 とは言え、本当の本当にどうでもいい、と思っているわけでもないのだ。 また強い意見を持つ人も、自分ではそう思っていなかったりする。 最後まで強硬に意見を述べ続ける人が、 発言の度に、自分は皆の決定に従うだけだ、と前置きすることだってありうる。 これがいわゆる「声の大きい人の意見が通る」?それとも「落とし所」? 「憎まれっこ世にはばかる」?それとも「安全牌」?

2009年6月2日火曜日

選挙の問題、続論

8 時起床。珈琲、オレンジジュース、トーストの朝食。 今日は久しぶりに良い天気だ。サングラスが必要な日差しの強さ。 午前、午後とお仕事。 昼食は近所の居酒屋さんのランチメニュでロールキャベツ。 18 時半くらいに退社。夕食は御飯を炊いて、 豚肉のゴーヤチャンプルー、しらすの酢醤油、長葱の味噌汁。 酸っぱいものが変に美味しい。疲れているのだろうか。 食後に珈琲とバウムクーヘンを一切れ。角度で言えば 30 度くらい。 この調子で行けば、毎日食べても 12 日間ももってしまう。既に賞味期限なのだが。

昨日の選挙の問題が複雑なことは、 大勢の人間の意見をまとめて意思決定することに本質的につきまとう問題なのかも知れない。 ルイス・キャロルこと C.L.ドジソンの論考は思いの他、複雑である。 まずドジソンは、 単純な多数決や、一回ごとに一番人気のなかった候補者を取り除いて投票を繰り返す方法など、 普通に思いつき、実際世間で使われているような方法では、 不公平としか思えない結果が生じる例があることを次々に挙げて却下して行く。 最初に彼が望ましいと思った方法は、いわゆる得点法だった。 つまり投票者各人が一定の得点を持って、 それを自分が望ましいと思う候補者に割り当て、集計する方法だ。 しかし、この方法では、 自分がこれだと思う人一人だけに全得点を注ぎこんでしまう投票者が増えると、 普通の多数決と同じような不公平な例が生じる。 そこでドジソンはその改良をほどこす論考を書いた。 しかし、さらにその改良にも欠点があることに気付き、 候補者たちをペアにして二人ずつ比べるヴァリエーションにたどりつく。 しかし、ここにも巧妙な例があって、 三竦みのように、候補者の順位が巡回してしまう場合を発見する。 そこでさらに考えたドジソンは、巡回が生じた場合には、 各投票者がどれくらい自分のつけた順位を変更すれば各候補者が当選できるかを数値化し、 それが最も少ない者を当選とするのが最も公平だろう、と言うのである。

ここまでくるともう、わけがわからない。 しかし、会議の投票で何かを決定する、 ということ自体がそういう困難をはらんでいるのだ。 このようなパズル的なことだけなら楽しいが、 大抵の会議の意思決定の道筋はけして楽しいものではない。 おそらくルイス・キャロルも、そんな会議にうんざりして、 何とか合理的な意思決定ルールがあるのではないかと工夫したのだろう。

2009年6月1日月曜日

選挙の問題

8 時起床。珈琲とトーストの朝食をとって出勤。 午前、午後とお仕事。 という程度にしか、仕事関係のことは書かないことにしている。 一応、会社員なので、セキュリティを気にしているのである。 昼食は近所のカレーライスのチェーン店にて。 夕方退社して、スーパーで買い物をして帰る。 夕食は、ゴーヤチャンプルーと、長葱だけの塩炒麺。 白ワインを一杯だけ。 食後に珈琲とチーズケーキ。

夜はざっと、ドジソンの資料に目を通したり。 ルイス・キャロルこと C.L.ドジソンはご存知の通り、 オックスフォード大学で数学の講師をしていた。 キャロル名義で出版された本以外にも、 大学人としてけっこう色んな文章を残している。 ユークリッド幾何のマニア、というより、ユークリッド「原論」おたくだったので、 その方面の文章が多い。 また、行列式を中心にした代数学、それから論理学の仕事がある。 どれも、巧妙な計算方法、という感じのもので、それぞれ面白いものの、重要性はおそらく低い。 他には選挙の公平な投票方法についても文章を残していて、 これは時代に先んじていた意味で重要かも知れない。 実際、候補者たちから投票で一人選ぶことはかなり難しい問題をはらんでいる。 このことは現代でも、様々な研究がされている分野である。

ドジソンが選挙の問題に注目したのは、 大学という環境からすれば非常に自然なことだろう。 実際、私が大学に勤めていたときの経験からすれば、 おそらく大学人の誰もが一度は考えたことがありそうな問題だ。 例えば、学科で新しく准教授を公募で採ることにした。 全国から何十人もの応募がある。 それぞれ皆さん立派な業績を持っている。 誰を選ぶか、学科会議で議論をする。 もちろん、何時間かけても結論が出ない。 最後は投票になるのだが、では、どう投票すればよいのか。 どう集計して、どう判断すれば、学科スタッフの皆が満足する公平なものになるのか。 単純な多数決では駄目らしい。 一番票を集める候補者が、同時に、「こいつだけは駄目だ」と思う投票者が一番多いかも知れない。 これはありがちだ。 では、投票は単に一人の名前を書くだけではなくて、第二候補、第三候補まで書こう。 いやそれではまだ足りない。こいつだけは駄目だという名前も書こう。 ちょっと待て、俺はこの人一人に決めている、第二や第三に推したい候補者はいない。 大体、この人以外の応募者は数学者とすら言えないね、私の基準では。 じゃあ、投票者一人が 5 票持つことにして、 各人が好きなようにその票を配分して投票したらどうか、 いや、そうしたとしても、その集票を見て、どうやって判断するのか……