2010年9月4日土曜日

貧乏話

8 時起床。 しばらく寝床で「努力論」(幸田露伴著/岩波文庫)を読んでから起床。 水を飲んで一服してから、朝昼兼食の支度。 御飯を炊いて、秋鮭を焼く。 他に、もろきゅう、豆腐と舞茸とオクラの味噌汁。 洗濯機を仕掛けて、一方で真鰯の甘酢漬けを仕込む。 安さのあまり買い過ぎて、おつくりで消費できなかったので。 あとで、散らし鮨にでもしよう。 朝風呂に入って、湯船で読書。 「ザ・クオンツ」(S.パタースン著/永峯涼訳/角川書店)の残りを読む。 湯上がりに、スパークリングワインを一杯だけ飲んで、 しばらく昼寝。午後は、校正作業。 夕方になって、洗濯物を取り込んで、ヴェランダに水を打ち、夕食の支度。 オムライス、酢キャベツ添え。 食卓の寂しさを誤魔化すために、せめて伊賀焼アメ釉の皿に盛る。 キャンティ・クラシコを一杯だけ。夜もゲラ校正作業。

賞味期限切れの鶏肉を全部使わざるを得ず、 スプーンのどの一さじにも鶏肉が入っているような贅沢なオムライスになった。 それで、ふと思い出したのは、東海林さだおの貧乏時代を語ったエッセイ。 作家や芸術家たちの貧乏話のアンソロジィ 「全日本貧乏物語」(赤瀬川原平選、日本ペンクラブ編/福武文庫) で読んだのだが、思えばこの本の出た 90 年頃は、 日本人がみんな突然豊かになってしまって、 苦労話に憧憬すら感じていたのかも知れない。 ショージ君のエッセイは、 若い頃の念願が肉だらけのカレーを食べることだった、と言う話。 彼の人生におけるカレーはいつも肉が不足していた。 ああ今日のカレーの肉は十分だった、と思ったことはなかった。 「肉だらけのカレー讃歌」を作詞するほど思い詰めていたのだが、 ついに、そんなにも憧れていた肉だらけのカレーを作るチャンスが訪れた。 そこでスーパーに行って豚のこま切れを 500g 購入し (と言うのも豚コマ以外の肉を知らなかったからだが)、 それを全部投入したカレーを作った、と言う話だった。 今では逆に、こういうアンソロジィ企画は通らないだろうなあ、と思ったのだが、 amazon を見ると今でも新刊で入手できるようで、 「格差社会を笑い飛ばす」と宣伝されていた。 そういう企画ではなかったはずなのだが。